甲子園の神様

 【6月4日】

 矢野燿大は3日の夜、手紙をしたためた。宛先は、岡崎太一。便箋じゃないけれど、バッテリー担当の責任コーチは指先に愛情と激励を込め、LINEを送った。

 「野球の神様がお前にご褒美をくれたんちゃうかな。でも、そんなにたくさんご褒美はないぞ。これからはご褒美じゃなく、お前の実力で勝った、打ったということを増やしていくように頑張れよ」

 前夜、僕は高知の安芸にいた。藤浪晋太郎の取材で1軍を離れ、インターネットで日本ハム(2)戦を観戦していた。だから、岡崎のミラクル本塁打を生で見ていない。一日遅れで申し訳ないけれど…。

 太一、おめでとう。

 僕と同じ、奈良出身。年末に集まる「奈良県人会」では三浦大輔や関本賢太郎が主役だから、控えめだ。それでも、岡崎は「ユニホームを着て、この会に出られることは幸せです」と笑っていた。本人は何とも思ってないし、謝るのもおかしいけれど、記念の夜を取材できなくて、すまん…。試合前にそう思っていたら、どうだ…。

 太一、ありがとう。

 鼻がツンとなるやないか。今度はご褒美じゃない。試合後、金本知憲は「太一の人生、変わってきたな」と興奮気味に話した。もう「一世一代」と言われないぞ…。

 延長十一回。岡崎は矢野の激励に応えるように「実力で」13球粘った。「野球の神様」は再び、13年目の苦労人にほほ笑んだのだ。

 甲子園で打てたこと、偶然じゃないと思う。僕は無形の力を信じる人間である。霊感など、全くない。でも、世の中には「口で説明できない」類が圧倒的に多いからそう思う。野球の、そして「甲子園の神様」は岡崎をずっと見ている。彼がここで練習に取り組む姿をずっと見ているのだと感じる。 岡崎の「いつもの姿」を見るために、僕はいつもより3時間早く甲子園へ向かった。3カ月前のことだ。4月7日、ホーム開幕戦。18時開始のナイター巨人戦で岡崎は10時半にグラウンドに現れた。いや、正確に言えばスタンドに現れた。いつもはこの時間から外野を黙々と走り始める。でも同日は朝から雨。芝を気遣い、スタンドの中腹を一塁側から三塁側へ何往復もランニング…一人、黙々と。

 申し訳ないが、彼のルーティンに毎朝つき合える体力はない。だから、今年初めて甲子園で戦う日だけでも、見ておきたかった。

 「風さん、スタンドにいましたよね。何を見てたんですか?」

 いや、太一しかおらんかったやん。去年もずっと走ってたよな。

 「試合に出た翌日だったら、その試合のことを考えたり…。反省はしますけど、後ろ向きには考えない。走りながら、頭の中で前向きに整理できたりするんですよ」

 誰より早く準備する岡崎を「甲子園の神様」は知っている。

 「ファームの選手も、上にいる選手も、何か気付いてくれたり発見だったり…。実績のある選手が打つのとはまた違って、色んなメッセージがあると思うから…」

 矢野は言った。聖地を味方につけた岡崎は逞しい。 =敬称略=

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