藤浪晋太郎の「いい顔」

 【6月3日】

 土佐ロイヤルホテルの最上階で朝食を食べた。目の前に果てしない太平洋…。スマホで世界地図を見てみると、水平線の向こうへ直線を引けば、どうやらオーストラリア大陸にたどり着くようだ。

 オーストラリアと言えば…。懐かしい思い出がある。03年。星野阪神のV旅行に同行した僕は大きな失態を犯した。赤星憲広の取材対応があった朝のこと。シドニー港からクルーズに出る優雅な企画で、8時に船着き場で囲み取材を行う。そんな約束になっていた。 ところが…。起きたら8時だった。他社に頭を下げようか。いや海外でそれはヤバい。レンタカーをぶっ飛ばして現場に向かった。

 とっくに記者は解散し、赤星のクルーザーは海のかなた。着港は隣街。もう海上で捕まえるしかない…僕は港を駆け回り、クルーザーを整備する現地人に拙い英語で事情を説明。「カネは払う。どうにか赤星号を捜してくれないか…」。無茶苦茶な要求をかました。

 オージーは温かかった。強面のオヤジが「乗れよ」。個人所有の船を沖に出し、果てしなく赤星号を捜索してくれた。そして、奇跡は起こった。僕を乗せた船を見つけた赤星が甲板で叫んだ。「えぇ~??風さん??何してんすかぁ~」。大海原で船から船へ飛び移った経験は後にも先にもこの時だけである。詳細は省くけれど、おかげで赤星と船上で貴重な時間を過ごし、記者人生の宝物になった。

 前置きがえらく長くなってしまった。ケガの功名。災い転じて福となす。この類には多くの諺があるけれど…安芸球場で投げる藤浪晋太郎を見て感じたことがある。

 投球の詳細はファーム担当が4面で報じている。ネット裏の特等席で見させてもらったが、投げっぷりも内容も良かった。2軍投手コーチ久保康生の助言でプレートの位置を変えるなど試行錯誤…。本領を取り戻す技術的な理由は一つじゃない。ただ、今の藤浪にとって本当に取り戻さなければいけない、大切なものって何だろう。

 登板後、藤浪は「いい顔」をしていた。快晴の空、ほのぼのとした雰囲気、ファン一人一人の声が響く観客席…。ここで投げたことで、懐かしい、忘れかけていたものを思い出したような顔だった。

 この空気感。昔を思い出した?

 「あ…。のどかだなと思いましたね。何て言うんですかね。きちきちしていないというか…」

 収穫はどんなもの?

 「きょうは思いきってプレーできたかなと思います。思いきって…。そう思います。本来そうあるべきなんですけど、余計なことを考えずに投げられたこと…。それは本当に良かったと思います」

 抹消されて8日。僕の取材の限り、藤浪はフィールド以外でも自分のやるべきことをしっかりやっていると聞く。自身を律することは大前提。その上で、高校時代がそうであったように、彼が純粋に「勝つこと」だけを考えて投げられる環境って何だろう。藤浪が今回の2軍降格を「失態」とするならば、これを大きな「福」に変えていけばいい。=敬称略=

編集者のオススメ記事

吉田風取材ノート最新ニュース

もっとみる

    スコア速報

    主要ニュース

    ランキング(タイガース)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス