えげつない打球

 【3月14日】

 糸井嘉男に名刺を渡し、あいさつした。2月、沖縄キャンプでのことだ。僕が「実は初めましてではなく、昔、札幌で取材させてもらったことが…」と明かすと、糸井は「ほんまですか?すみません、全然、覚えてないです」と笑った。そりゃそうだ。8年前の立ち話なんて記憶にないだろう。

 あれは2009年5月の交流戦。当時、阪神林威助(リン・ウェイツゥ)のエピソードを取材しようと、大学時代を知る人に話を聞いて回っていた。あのとき、札幌ドームのベンチ裏でハムの背番号26は「糸井です」と頭を下げ、取材に応じてくれた。こちらが恐縮するほど丁寧な対応だったことを伝えると、「珍しい…(笑)。打者になって3年目かな。で、僕、何て言ってました?」とまた笑った。「正確に覚えていないので、当時のメモを見ておきます」。そう伝えたまま一カ月が過ぎた。

 きょう糸井が虎デビューを果たす。本紙は14日の紙面でそう報じ、本紙以外のスポーツ紙もすべて同様に書いた。右膝を痛めていた糸井が4日前「100(%)でやっても違和感がない」と言ったことでこぞって掲載した格好だが、当ては外れた。スタメン発表の場内アナウンスを観客席で聞いてみると、糸井目当てで来たファンも多かったのだろう。「糸井は~?」という不満の音色が多かったように思う。背番号7の現状を知りたい。実は本紙の読者センターにそんな声が多数届いている。番記者が糸井情報をくまなく届けているが、試合に出てくるまでファンの心配は尽きない。

 「もう、彼はゲームに出られるんでしょう?」。海の向こうでも後輩の動向は気になるようだ。声の主は台湾プロ野球「中信兄弟」の林威助。阪神を戦力外になった13年以降、母国でプレーする林とは今も連絡を取り合う。彼はネットで日本球界のニュースをチェックしているようで、近畿大学で1年後輩だった糸井の現状についても詳しかった。この際だから聞いてみた。投手時代の糸井もやはり能力は規格外だったのか。

 「大学のとき、肩の調子が悪くても投げてみたら球速150キロ近くまで出たことがあって、ビックリしましたよ。ティーバッティングの打球の速さにもビックリしましたし、走ってもめちゃくちゃ速かったですからね…。やっぱり、身体能力はすごかったですよ」

 林の証言を聞いて糸井を見てみると、超人ぶりに改めて納得がいく。この日は試合前に特打を行い、京セラドーム右中間の5階席へ4本のオーバーフェンスを放っていた。高山俊、北條史也らでモノにしたオリックス戦が飛車抜きだったことで余計に楽しみは増す。

 「あの人、えげつない打球、飛ばしてましたよ」。8年前の取材ノートをめくると、大学時代の林について28歳の糸井はそう語っていた。えげつない先輩を度々ビックリさせてきた後輩が、その先輩の古巣で間もなくデビューする。

早く、暴れたい。試合前のえげつない打球音がそう語っていた。=敬称略=

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