12階の面談

 【2月3日】

 沖縄にやってくる2カ月半前のことを書く。タイガースの今季を左右する大事なやりとりが、昨年11月22日にあった。場所は大阪市内のホテル。18時から同所で球団納会が行われたのだが、選手、球団関係者の集合時間はその1時間以上前。これは翌日のデイリースポーツでも報じているが、1、2軍全選手を対象に「暴力団等排除対策講習会」が17時から行われたためだ。

 実はここからが公になっていない話。出席者によると講習会が終わるとすぐ、1人だけ足早に部屋を出て行った選手がいたという。福留孝介だ。彼が向かったのは同じホテル、12階の一室。そこで待っていたのは金本知憲だった。

 2人が部屋でどんな会話を交わしたのか。両者に聞いても核心には口をつぐむ。詳細までは知り得ないけれど、あれから70日以上経って分かったことはある。あの夜、金本は福留にコンバートを打診していた。僕の取材の限り、あくまで打診、提案。意思確認であり、強制でもお願いでもなかった。もしも当日、この事実を知っていればもちろん1面ネタ。取材が密室まで届かず、まったく知らなかった。だから、今になって沖縄で真実を掘り起こしている。

 宜野座に来て3日目。福留はまだ右翼に就かない。調整を任される男がこだわりの定位置で全力返球するのは、まだ先。この日もシートノックが始まると、1人ダイヤモンドから離れ、三塁のベンチ前から若い野手の動きに目をやっていた。右翼で横田と板山が打球を追う。後継者争いはし烈だし、彼らが背番号8との差を埋めなければチームの将来は危ぶまれる。それでも、福留一流の技量、感性が薄れないうちは、阪神の右翼に代役はきかないのかもしれない。

 守備力に最も敏感な生き物、それは投手である。ヒット性をアウトにする。二塁打をシングルで止める。分かりやすく言えば、そんなディフェンスがどれだけ投手を助けることになるのか。昨秋にわかに噂になっていた福留の一塁コンバート案を彼らはどう見るのだろう。能見篤史に聞いてみた。

 「僕はほぼほぼ一塁は『ない』と思っていましたよ。だって福留さんの守備力、ズバ抜けてますから。大きく言えば状況判断。打者の反応もそうだし、傾向も性格も知り尽くしている。カウントによってもそう。すべてにおいてあれだけの守備力は球界で一握り。助かるなんてもんじゃないですよ」

 あの夜、福留は金本にはっきりと「右翼一本」の意志を伝え、金本は気持ち良く了承した。

 「自分から『ファーストをやりたい』と言ったことはないからね。ファーストへいくときは僕自身が動けなくなるときだと思う。そうじゃなく、自分が動けると判断できるうちは、まだね。勝負できるときは勝負したい。自分が負けていると思わない限りはさ…」

 その話は終わったこと。と逃げず、福留は宜野座ドームを背に丁寧に語ってくれた。表情の柔らかさとは別に、物言いの端々ににじみ出るプライドが頼もしかった。=敬称略=

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