矢野燿大の年賀状
【2月2日】
送り主に、矢野燿大とあった。
「僕は決して避けていませんよ。何でもお話しますので…。本年もよろしくお願いいたします」
元日、阪神オーナーの坂井信也はポストに届いた年賀状を手に取り、ハハハと笑った。気の利いた文面が面白かっただけじゃない。3カ月前の“作戦”が功を奏したことがうれしかったのだ。
昨秋キャンプでのこと。坂井は安芸を訪れた11月4日にシーズンの慰労を兼ね、監督、コーチ、スタッフとの懇親会を開いた。金本とは節目で食事をするなど対話をはかってきたが、矢野とはコミュニケーションどころか、これまで口を開く機会すらなかったという。それじゃ、いけない。実は安芸へ出発する前から、坂井はずっとターゲットを定めていたという。
宴もたけなわのころ、オーナー自ら作戦兼バッテリーコーチのテーブルへ足を運び、前置きなく切り出した。
「矢野さん、私のこと、避けてるんじゃないですか?」
表情から冗談であることはすぐに伝わったようだが、矢野は不意を突かれたように「いえ、いえ、いえ…」。このやりとりが例の年賀状につながるわけだ。
「彼は1試合1試合を進めていく中でのキーマン。コミュニケーションをとるべき重要な方ですから、思いきってこちらからね…。もう冗談口も聞けるようになって、良かったと思っていますよ」
金本内閣2年目の鍵を握るのは背番号88。坂井はそういう認識のもと、矢野の頭脳、戦略に触れようとアクションを起こしたという。曇天の宜野座で金本に聞いてみた。同級生の参謀役に2年目のリクエストは何かあるのか、と。
「どれだけ攻めることができるか、だよな。矢野も分かっているし、俺も言うしね…」
攻める。打撃陣の話ではない。バッテリーが相手打者のインサイドをどれくらい攻められるか。17年はこのテーマを2人でどんどん追求していくというのだ。
矢野は言う。
「永遠の課題なんだよな、インコースって。こちらが促していく中で(選手が)必要だと思ってやってほしいけど、本人たちはいいコースにいいボールを投げたい気持ちもある。相手が嫌がるという意味でインコースをどう使うかを身につけられたら、結果として球数は減るし、抑えられることにつながると思う。そこを攻めきれないことが去年はあったから」
昨季王者、広島のスコアラー玉山健太は「阪神が他球団と比べてインコースの要求自体が少ないということはなかったですよ。ビデオを見返しても要求はありました」と教えてくれた。捕手が内角に構えたとき、投手がそこに投げきれるか、首を横に振らないか。
「難しい。何事においても、教えるというのは…」
矢野はうなる。そう言えばオーナーは言っていた。「矢野さんはウチのゲームリーダーですから」と。ヤノの考え…その浸透度をはかる沖縄の28日間になる。=敬称略=