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【金本新監督誕生の軌跡 3】

 「阪神・金本監督」がついに誕生した。10月1日に行われた球団との第1回交渉から、受諾した17日までの間に水面下では何が起こっていたのか。取材に当たったデイリースポーツトラ番記者・吉田風が、3回連載でその舞台裏を伝える。

  ◇  ◇

 阪神の第12代球団社長・南信男にとって2年越しの恋が実ったことになる。新監督問題の本紙一連報道は実は昨秋から始まっていた。2014年10月5日、午後1時。南は神戸市内の高級ホテルの一室にOBの金本知憲を招いた。4年目を迎える和田阪神への入閣要請だった。「打撃コーチ、ヘッドコーチ、2軍監督…。1軍の助監督でもいい。ポジションは任せる。タイガースに手を貸してくれないか」。12年限りで現役を引退して、2年。金本は突然の打診に戸惑い、現場復帰など想像すらできなかった。

 「金本氏に入閣要請」-。これは同年10月6日、本紙最終版の見出しだ。前触れのない極秘要請にもかかわらず、なぜこの事実を知り得たのか。それは奇跡的な偶然の賜物(たまもの)だった。会社の後輩で大の虎党が興奮して電話をよこしてきた。「今、金本さんが○○ホテルに入っていきました!」。こんな昼間から?実はこのホテル、普段金本がまず足を運ぶことのない隠れ家的なエリアにある。私は金本邸の前で帰宅を待ち受けた。

 「何?どうした?」。広島時代から古い付き合いになるが、突撃取材はこのときが初めて。こちらが不意を突いたものだから、ウソをつけない男の目は泳いでいた。「カネさん、今、球団の方と会ってました?」「え?誰が言ってるの?」-。

 あれから1年。今年10月1日、この同じホテルに張り込んでいたわが社のトラ番から夕方4時過ぎに電話があった。「南社長が出てこられました!」。もう金本邸にお邪魔する必要はなかった。私は神戸市の南邸に車を走らせた。南は言った。「何も言えません」。事実を認めてもらおうなんて思わなかった。ただ、その声色を聞いて1面原稿を書いた。「阪神極秘接触!金本氏と初交渉」-。

 南は監督要請どころか、交渉があった事実さえ報道陣の前で一度も認めなかった。金本と南は約束していた。交渉の中身が少しでも漏れたら、この話はなかったことに…。後に聞けば、金本は3度の交渉で阪神の再建を「改革」という言葉に置き換えていた。「この球団は大事な情報がすぐに漏れる。この体質は絶対に変えていかないといけない」。そう誓う金本に南は「大改革」を託したのだ。

 金本が受諾した17日深夜、私は広島から南の携帯を鳴らした。「このたびは、おめでとうございます」「いろいろと心配かけたな。ありがとう」-。17日間の監督要請取材ではっきり言えることがある。南の誠意、熱意がなければ金本が首を縦に振ることはなかった、と。「金本阪神」生みの親、南信男は10月31日、V逸の責任を取って社長職を退く。(終わり)

=敬省略=(阪神担当・吉田 風)

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