「魚の皮」が革製品に? 知られざるフィッシュレザーの世界 普及のカギは「サイズ」と「皮の収集」
財布やバッグなどに使われる「革」といえば、牛や豚、羊などの動物の皮を思い浮かべる人も少なくありません。ところが、実は魚の皮も「革」になります。「フィッシュレザー」と呼ばれる素材で、魚を食べた後などに残る皮を活用できるのも特徴です。
東京ビッグサイトで開催された「ジャパン・インターナショナル・シーフードショー」に出展していた、フィッシュレザーを手がける興洋フリーズ株式会社に、実際の革を見せてもらいながら、その特徴や魚種による違いについて聞きました。
■「魚の革で財布を作ったら、かっこいいんじゃないか?」
同社は1985年の創業以来、高知県産の養殖魚や天然魚を使った水産加工食品を、量販店や飲食店、卸業者などに提供してきました。小型魚や価格が低めの未利用魚、未利用部位など、一般的には加工が難しい素材にも対応し、それぞれの素材に合わせた加工技術で商品化してきたのも同社の特徴です。
そんな魚を無駄なく活用する取り組みから、2021年に始まったのが、魚の皮を革製品へと生まれ変わらせるブランド「Ocean Leather(オーシャンレザー)」でした。
きっかけは、釣具屋で魚の剥製を見たとき、「魚の革で財布を作ったら、かっこいいんじゃないか?」という着想と、魚の加工現場で出る大量の皮。「せっかくの魚の皮を、そのまま廃棄してしまうのはもったいない」。そんな思いから、魚の皮を革として活用できないかと考え、試行錯誤が始まったといいます。
現在、同社ではマダイ、ブリ、サーモン、シイラ、チョウザメの5種類を主要な魚種として扱っています。ただ、これまでに試した魚はそれだけではありません。シーバスやタマン(ハマフエフキ)、GT(ロウニンアジ)、ヒラマサ、ニジマス、マグロなど、50種類以上の魚種を試作してきたといいます。
中には加工の途中で「溶けてしまい」、完成させることができなかった魚もあり、魚の種類によっては、革に加工できないケースもあるそうです。
■一番強いのは超高級食材のキャビアで有名なあの魚だった
フィッシュレザーと聞いて意外なのが、その強度です。主要5魚種を比べると、強い順にチョウザメ、シイラ、サーモン、ブリ、マダイ。なかでもチョウザメは、ほかの魚種に比べて皮がかなり分厚いのだそうです。
また、魚の皮には、細かな繊維が格子状に何重にも重なった「クロスハッチ」と呼ばれる構造があります。この独特の構造によって、フィッシュレザーは薄くても高い引張強度を持つといいます。
魚の種類によっても皮の性質は異なり、厳しい環境に生息する魚を除けば、鱗が小さい、あるいは少ない魚ほど皮が分厚い傾向があるとのこと。
もっとも、この点については「外界の刺激に耐えられるように進化したのではないか」という推測で、明確な理由が解明されているわけではありません。
■完成まで1カ月、魚によって加工の難しさも違う
では、魚の皮はどのようにして革になるのでしょうか。同社によると、基本的な工程は「下準備」「肉削ぎ」「脱脂」「なめし」「染色」「塗装」の6段階で、完成までには約1カ月かかるとのことです。
まずは魚の皮に残った身を削ぎ落とす「肉削ぎ」。その後、ドラムと呼ばれる機械で約1週間から10日かけて脱脂。魚の皮は油脂分が多く、脂が残っていると、なめしや染色に影響するだけでなく、魚臭さの原因にもなるためです。
次が「なめし」です。なめしとは、皮を防腐処理して「皮」から「革」へと変える工程。同社では植物由来のタンニンを採用し、皮とタンニン剤をドラムに入れて約1週間かけて加工しています。なめしを終えた革を乾燥させた後、染色、塗装へと進みます。
魚種によって皮の性質が違うということは、加工方法も同じではなく、薬品や水温など、魚ごとに加工条件を変える必要があります。そのため、初めて扱う魚種については、実際に試しながら、その魚に合った革の作り方を探していくそうです。
■鱗はどうなる? 実は「鱗そのもの」が残っているわけではない
フィッシュレザーを見て、まず目に入るのが独特の凹凸です。魚の鱗がそのまま残っているようにも見えますが、実はそうではありません。
表面に見える凹凸は、鱗があった部分の「ポケット」のようなもの。鱗自体は取り除かれた状態で、魚特有の形状が革の表情として残っています。
同社によると、魚の臭いを抜くための脱脂工程で鱗も取れるそうです。皮を1週間ほどアルカリ性の液体に浸けることで、皮が少しふやけ、油脂分が取れやすくなります。このとき、鱗も一緒に取れるのです。
取り除いた鱗も捨てているわけではなく、緩衝材やアクセサリーなどに活用しているそうです。
■魚本来の模様を生かすフィッシュレザーの染色
フィッシュレザーならではの魅力の一つが、魚種によって異なる模様です。ところが、魚の皮を革にする工程では、魚本来の色味がそのまま残るわけではありません。同社によると、魚種に限らずすべての魚の色味が薄くなってしまうそうです。そのため、魚本来の模様を生かした仕上げにする場合は、色味ができる限り残るように薬剤を調整しているとのこと。
染色は、革の内部に染料を浸透させて色を付ける工程です。魚種によって鱗模様や皮の表情が異なるため、同じ色の染料を使っても、一枚ごとに微妙に違った仕上がりになります。
フィッシュレザーでは、魚らしい本来の模様を残すことも重要です。同社によると、染色後の塗装では基本的に無色の塗料を使ってコーティングし、顔料は使用しません。顔料を表面に付着させると、魚特有の鱗模様が隠れてしまうためです。
つまり、染色で革そのものに色を入れ、塗装では色を付けるのではなく、表面を保護する。これによって、魚種ごとの模様や質感を生かしながら、汚れや摩擦への耐久性を高めているのです。
■魚だから水に強い? 魚臭さは大丈夫?
もう一つ、意外なのが水への弱さです。「魚の皮なのだから、水には強いのでは?」と思ってしまいますが、フィッシュレザーも本革。水に濡れると油分が抜け、シミや型崩れの原因になることがあります。
もし濡れてしまった場合は、柔らかい布などで水分を拭き取り、直射日光を避けて陰干しするのが基本です。
一方、同社では、水に強いフィッシュレザーをすでに開発しており、アパレルメーカーなど業者向けに製造しています。さらに、ドライクリーニングに強い魚革も開発したそうです。
「魚の革」と聞いて、もう一つ気になるのが臭いです。魚特有の臭いの原因になるのが、皮に残った脂分。魚の皮は牛革などに比べて油脂分が多く、少しでも残っていると、乾燥後に魚臭さが出てしまうそうです。
そのため、脱脂工程には特に時間と手間がかかります。完成品は、魚の臭いというより、一般的な革製品に近い「革のにおい」がするとのことで、実際に展示していた商品を嗅いでみたら、牛革、豚革のような革製品のにおいがしました。
■フィッシュレザーは薄くても、しっかり長く使える
フィッシュレザーは牛革などと比べて、取れる皮のサイズが限られ、薄いのも特徴。耐摩耗性については魚種やなめし、仕上げ方法によっても変わりますが、表面にコーティングを施すことで、日常使用での摩擦や汚れにある程度耐えられるよう仕上げています。
このコーティングにもかなりの手間がかかります。魚の皮は鱗があった部分に凹凸があるため、そのままだと汚れや水を吸いやすいのだそうです。
そこで透明な塗料を使って表面をコーティングしますが、革らしい質感を残しながら、高い強度を持つ塗膜にする必要があります。
同社では3種類の塗料を使って塗装し、熱でプレスする工程を5回ほど繰り返しているそうです。
実際にスタッフが使用しているフィッシュレザーには、3年以上経っても破れることなく使い続けているものもあります。
革製品ならではの経年変化も楽しめ、使い込むほど艶が増したり、色が深くなったりと、少しずつ表情が変わっていくそうです。
■なぜフィッシュレザーは高価なのか?
魚の加工時に出る皮を活用していると聞くと、原料は安価ですが、実際のフィッシュレザーは決して安価ではありません。販売価格は財布で3万2000円~7万円、名刺入れで1万4000円~3万3000円ほどです。
その理由の一つが、加工にかかる手間です。特に大きいのが脱脂。さらに、表面の凹凸を生かしながら、汚れや水に対する耐久性を持たせるコーティングにも手間がかかります。
そして、もう一つ大きな問題が「原料となる皮そのもの」です。魚の皮なら何でも使えるわけではありません。財布などの革製品は耐久性だけでなく、見た目の美しさも求められます。そのため、破れていたり傷ついていたりする皮は、製品の材料として使いにくいのです。
そもそも魚の皮をきれいな状態で手に入れること自体が難しいといいます。牛革などは昔から皮にも価値があると認識されていたため、皮を傷つけずに取り出す技術が発達しています。
一方、魚の場合は「どうやって身を多く取り、どうやって早く加工するか」が重視されてきました。そのため、加工する機械も魚の皮を傷つけないことを前提にしたものではなく、身を効率よく加工するための機械が使われていることも多いそうです。
大きくて傷のない魚が入った場合、機械を使わず、包丁1本で皮と身を切り分けることもあるといいます。魚の皮を「捨てずに活用する」だけなら簡単そうですが、革製品として使える状態にするまでには、かなりの手間がかかっているのです。
■フィッシュレザー普及の壁は「サイズ」と「皮の収集」
フィッシュレザーには、もう一つ大きな課題があります。それが「サイズ」です。魚の皮は、基本的に三枚おろしにした片身と同じ形。牛革のように大きな一枚の革を取ることはできません。複数の皮を継いで大きな製品を作ることもできますが、その分、人の手を加える工程が増え高価格になってしまいます。
さらに難しいのが、きれいな皮を安定して集めることです。「魚の皮を革にする」という発想が広がっても、そもそも原料となる「きれいな魚の皮」が安定して手に入らなければ、大量生産は難しいというわけです。
■淡水魚もフィッシュレザーになる? 「もっと大きな魚の革を作ってみたい」
では、海の魚だけがフィッシュレザーになるのでしょうか。実は、同社では淡水魚も加工した経験があります。ナマズやマス類などで、基本的には海水魚と大きく変わらないそうです。ただ、淡水魚は焼いて食べることが多く、皮を取らずに調理するケースが多いことから、そもそも革に回る皮が少ないという事情があります。
魚の皮はあくまで副産物なので、刺身や寿司では皮を取ることがありますが、皮付きのまま食べるのであれば、わざわざ皮だけを取り出して革に加工する必要はありません。
フィッシュレザーの普及には、魚種そのものだけでなく、「どのような状態で魚の皮が出てくるのか」という食文化まで関係しているといいます。
「まだ挑戦してみたい魚種があります。それは、より大きな魚の革です。大きな魚は皮をきれいに一枚で取ることが難しく、そもそもきれいな皮が出回りにくいため、実現にはハードルがあります。フィッシュレザーは万人受けするものではなく、現状では大量生産も難しい」と話します。
そのうえで、「魚が好きな方や海が好きな方、革やデザインが好きな方などに手にしていただければ非常にうれしく思います」といいます。
(まいどなニュース特約・鈴木 博之)
