タクシー運転手が、手をあげる高齢女性に抱いた違和感 優しい対話と冷静な判断に「見習いたい」

仙台で「光のページェント」が始まった12月の夕方。人通りが少ない長町南の裏通りで、個人タクシードライバー「朝陽タクシー」さん(@asahitaxi)は、ふらつきながら手を挙げる1人の高齢女性を見つけた。

投稿は大きな反響を呼び、多くの人の心を揺さぶった。「村田まで」…女性が告げた行き先、そしてその後のやりとりから、“通常の送迎ではない”と判断した朝陽タクシーさん。丁寧な対話の末、女性を無事保護へとつなげた対応について詳しく話を聞いた。

■「今にも転びそう」タクシーに乗り込んできた女性

ーー最初に「異変」を感じたのは?

「暗い裏通りで手が上がったんですね。歩くのもやっとで、今にもつまずきそうな感じでした。“大丈夫です、歩かないで”と声をかけて車に乗っていただきました」

女性は「村田まで」と告げる。

仙台から20km以上、通常であれば6千~7千円ほどの距離だという。「村田のどちらですか?」とたずねると「願勝寺」と返答。さらに「カネショウの近く」と続いた。地名も具体的で、一見すると“普通の乗客”に見える。

しかし、会話の違和感は次第に濃くなっていった。

■「父と母がいます」その言葉で“回収不能案件”と確信

ーーどの瞬間に「これは危険だ」と判断したのでしょうか。

料金の話をすると、女性は「高いなあ」と戸惑いを見せた。しかし続けて「せっかく乗ったんだから行ってもらうから」と言う。

念のため「ご自宅にはどなたかいますか?」と確認したところ、

「父親がいます。あと母親もいます」

「その瞬間、“あ、これは回収不能案件だ”と判断しました」

女性は88歳。その年齢の方の“父と母”が家で待っている可能性は極めて低い。

「私は母が老人ホームにいるんですが、母も“元気だべか?”と自分の生家の隣のおばさんのことを尋ねるんです。私は会ったこともないのに。だから、この女性も混乱されているんだと察しました」

万が一、そのまま村田に向かってしまえば、“存在しない実家を探してさまよう状況”になっていたかもしれない。即座に仲間のドライバーへ連絡し、交番への同行を決めた。

■「この辺で降ろして」…女性は交番へ向かっているとは思っていなかった

ーー交番に向かう途中の車内の様子は?

「“この辺で降ろして。道分かるから”と何度も言われました。交番に向かっている認識はなかったと思います」

1つ目の交番は不在。2つ目の長町南交番で、ようやく警察官の保護につながった。

■ “つやこさん” 紙に書いた自分の名前

交番で女性はスムーズに名前を書くことができたという。

「『つやこ』さんでした。警察が照会すると、山田交番から捜索願いが出ていた方でした。息子さんが迎えに来るとのことで、私はその場を離れました」

バッグの中にあったのはタオル1枚だけ。寒空の下、もし誰にも保護されなければ…そう思うと胸が締めつけられる。

■「特別なことをしたわけではない」 それでも伝わる“プロの矜持”

ーー認知症の方への対応で大切にしていることは?

「敬語で優しく話しかけることですね。扱われ方というのは、認知症の方でもわかると思うんです」

朝陽タクシーさんは、今回の件を特別視しない。

「タクシードライバーなら誰でも経験することなんです。たまたま私が投稿して、共感が集まっただけです」

しかしSNSでは、

「あなたの判断力に救われた命がある」

「家族はどれだけ安堵したことか」

「同業として見習いたい」

と称賛が相次いでいる。

年末に向けてタクシー需要は増える。そんな中、今回の投稿は「見えないところで命を守っている人がいる」ことを、静かに、しかし力強く伝えている。

■「帰りたい場所」は、記憶の中にある

認知症の方が“もう存在しない実家”に帰ろうとすることは珍しくない。それは本人にとって“最も安心できる場所”だからだ。

もし今回、朝陽タクシーさんが違和感を抱かずそのまま村田へ向かっていたら…。見知らぬ土地を歩き、寒さの中で倒れていた可能性もある。優しい対話と冷静な判断が、1人の女性を確実に救った。

(まいどなニュース特約・渡辺 晴子)

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