大阪・北新地でのビル放火殺人は「テロ」と言えるか 国際情勢専門家が考える「事件」との違い

 大阪市北区の繁華街・北新地にある雑居ビル4階の心療内科クリニックで12月17日起きた放火殺人事件。21日現在25人が犠牲となり、日本社会に大きな衝撃を与えている。報道によると、容疑者は腕のいい職人として慕われていたが、離婚を原因に孤立化し、その後生活が荒れていったとみられ、事件の真相解明が待たれるところだ。

 今回の事件からは、36人が犠牲となった2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件、最近では2021年8月6日の小田急線無差別殺傷事件、同年10月31日の京王線無差別殺傷事件などが脳裏に浮かぶ。これら3つの事件と今回の事件では、個人的な不満や恨みなどから犯行を入念に計画し、無差別かつ被害最大化を狙って犯行に及んだという共通点がある。社会に対して不安や恐怖心を煽ろうという意思を容疑者が持っていたという点で共通しているかは分からないが、4つの事件とも社会に対して大きな衝撃を与えたことは間違いない。

 一方、これまでのメディア報道やネットをみていると、一部でこの事件を巡りテロという言葉が用いられている。上述の3事件の際にも同様にテロという言葉がしばしば目撃された。しかし、厳密に言うと、今回の事件も上述3件の事件もテロには該当しないのだ。

 今日、世界ではテロ、テロリズムという言葉に厳格に決まった定義は存在しない。専門家の数だけテロの定義があるとも言われるほどだ。しかし、厳格に決まった定義はないにしても、広く共有されている考えがある。

 それは、1つの暴力行為に政治性があるかどうかだ。たとえば、世界ではイスラム国やアルカイダなどイスラム過激派(その信奉者を含む)が度々テロを起こしているが、こういったイスラム過激派には欧米や権威主義的なアラブ諸国の政府を打倒し、イスラム法による政教一致的な国家を作るという政治的なビジョンがある。近年、欧米社会で頻発する極右主義テロでも、そこには白人優位の社会を作る、移民難民は排斥するなどといった政治的なビジョンがある。

 反対に、実際、暴力行為の無差別性、被害規模、社会的影響力なども、テロかどうかを判断する上で影響を与える場合も少なくない。おそらく、今回の事件でテロという言葉を使っているメディアやツイートなどでは、暴力行為の無差別性、被害規模などを強く意識している可能性が高い。

 しかし、これまでのところ警察や大多数のメディアはこの事件でテロという言葉は使っていない。やはり、そこには政治性があるかどうかという無意識の共有意識があり、仮に日本政府の転覆や政治家の殺害を狙った暴力行為が発生すれば、テロという言葉がより多く用いられるであろう。

 また、我々はテロという言葉を過剰に用いるべきではない。一般犯罪とテロを区別する際に政治性があるが、テロは一般犯罪以上に社会に恐怖心や不安を煽る行為であり、それによって社会が混乱する危険性を内在している。たとえば、2019年4月、スリランカでイスラム国支持組織による同時多発的なテロがあり、日本人1人を含む約260人が犠牲となったが、その際、スリランカ政府は国家非常事態宣言を出した。それにより、ネットの遮断や外出禁止令など社会インフラが大幅に麻痺しただけでなく、実行組織がイスラム過激派だったことから国内でイスラムコミュニティへの風当たりが厳しくなり、無実のイスラム教徒の店主が異教徒によって殺害されるという悲惨な事件も発生した。要は、テロという1つの暴力によって民族間、宗教間、人種間の緊張が高まり、過剰な被害を出してしまう場合があるのだ。

 日本でスリランカのようなことが起こることは考えにくいが、テロという言葉が一人歩きすると返って過剰な不安や恐怖心を煽り、最悪新たな暴力を生み出す恐れがあるので、テロかどうかを判断する際には政治性があるかどうかを慎重に見極め、中立的かつ客観的な判断が求められるのだ。

◆治安太郎(ちあん・たろう) 国際情勢専門家。各国の政治や経済、社会事情に詳しい。各国の防衛、治安当局者と強いパイプを持ち、日々情報交換や情報共有を行い、対外発信として執筆活動を行う。

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