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あの美しい本はこうして生まれた 「装幀」の仕事に迫る静かで熱い映画が公開

普段、何気なく読んでいる本の「装幀」について、注目したり、誰のデザインかを考えてみたりしたことはあるだろうか。俵万智の「サラダ記念日」や平野啓一郎の「決壊」、中上健次、古井由吉、金原ひとみなど、これまで1万5千冊以上の装幀を手掛けてきた菊地信義の仕事に密着したドキュメンタリー映画「つつんで、ひらいて」が全国で順次、公開されている。手作業で斬新なデザインを生み出していく菊地の姿を通じて、本や活字文化への愛、プロフェッショナルの何たるかを描き出した広瀬奈々子監督は「出版不況と言われる時代だが、本を取り巻く人たちの思いは今も変わらず熱い」と話す。

広瀬監督は1987年生まれ。制作集団「分福」に所属し、是枝裕和監督や西川美和監督の助手を務めてきた。2019年、劇映画「夜明け」で監督デビュー。本作は監督2作目となる。

実は10年前に亡くなった父の広瀬郁氏が装幀家で、仲間の装幀家や装画家らの地位向上を目指して「日本図書設計家協会」の設立にも関わっていたという。ただ広瀬監督は父の生前、装幀という仕事についてよくわかっていなかったそうだ。

「父がどんな仕事をしていたのかを初めて理解できたのは、実家の本棚にあった菊地さんの本を読んでから。この映画は『菊地さんに会いたい、話を聞いてみたい』と思い、カメラを携えて3年間、彼の仕事場にライフワークのように通い詰めた記録です」

菊地は1943年生まれ。1977年に「装幀者」として独立して以来、ブックデザインの可能性を開拓し、今も第一線で活躍を続ける。著書に「菊地信義の装幀」「装幀の余白から」などがある。

装幀は、紙や文字、インク、スピン(しおり紐)を選ぶところから始まり、極めて限られた条件の中で本の内容に合ったデザインを追求していく作業だ。映画では、文字が書かれた紙をくしゃくしゃに丸めて加工したり、文字の配置をミリ単位で調整したりする菊地の知られざる仕事ぶりのほか、菊地と付き合いの長い作家や編集者、製本作業に当たる現場の担当者、弟子・水戸部功の新しい発想の装幀など、菊地を軸とした人間模様も丹念に描かれる。

彼らに共通するのは、「ものすごく本が好き」だということ。細部まで手を抜かない菊地の“作品”について語り始めると、誰もが嬉しそうな表情を浮かべるのが印象的だ。

とはいえ、装幀はあくまでも誰かが書いた「本」ありきの仕事。「アーティストというよりは、裏方、陰の立場という側面が強い」と広瀬監督は言う。

「父は表現者として、『やりたいことがやれない』ことに悩んだようですが、菊地さんは逆に『本に要請される仕事なので、自分が悩む必要はない』と仰っていました。だから机を毎日きちんと片づけて、いつもまっさらな状態で本と向き合っている。よく『僕はからっぽ』とも仰っていましたが、それが菊地さんなりの装幀の哲学なのかもしれません」

電子書籍など本を読む習慣も定着し、紙の本はますます売れなくなっている。だが広瀬監督は、本作の制作を通じて「活字文化衰退の気配は全く感じなかった」と語る。

「本や装幀は言葉と密接に結びついた文化で、この先もなくなるということはないと思います。また日本の装幀は海外とは異なる独特の発展を遂げており、表紙や帯、見返し、スピンなど、ここまで凝ったものはなかなかないのも大きな特長です。装幀や製本の現場を見て、私がわくわくした気持ちをそのまま映像にしました。地味な題材かもしれませんが、装幀の面白さ、奥深さを多くの人に知ってもらいたいです」

1月18日は大阪・シアターセブンで、19日は京都・出町座で広瀬監督と菊地のトーク付き上映、サイン会も実施予定。

(まいどなニュース・黒川 裕生)

■「つつんで、ひらいて」公式サイト https://www.magichour.co.jp/tsutsunde/

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