お父さんと自由に田畑を走り回っていた犬のこうすけ 亡くなった後にお父さんから手渡されたものは…
こうすけは、およそ世間一般のコーギーとはかけ離れた飼い方をされていました。田舎だからこそ可能な放任っぷりで「ノーリードで散歩」「軽トラックの荷台に縛り付けて、動物病院へ行く」…。病院スタッフは何度となく「危ないので止めてくださいね!」といってきたのですが…
こうすけのお父さんは畑と田んぼ仕事をしているので、こうすけは毎日朝晩、畑と田んぼにお散歩に行き、自由にしていました。したがっていつも、泥だらけです。トリミングに行ったことはありません。お父さんがホースで水をかけることはありました。それがこうすけのシャンプーでした。
こうすけは、8歳くらいから数々の病気を経験しました。まず去勢していなかったので精巣腫瘍、会陰ヘルニア(肛門周囲の筋肉の隙間から、お腹の中の臓器や脂肪が飛び出てくる病気で、去勢していない雄犬でかかりやすい)になり、その後は会陰ヘルニアから二次的に膀胱麻痺になり、尿石症になりました。
特に尿石症がかなり酷くて、膀胱の中に細かい小石がどっさり入っていて、膀胱を洗っても洗っても、どんどん出てくるのでした。当初は毎週1回通院していただき、ペニスからカテーテルを入れて膀胱を生理食塩水で洗いました。1時間くらいかけて何度も何度も洗うのですが、小石が多くてカテーテルに詰まってしまい、透明なカテーテルは黄色い小石が数珠つなぎに入り込み、パスタのようになってしまいます。カテーテルは何度も交換しなくてはなりませんでした。
こうすけを毎週連れて来ていただくうちに、こうすけのお父さんとは少しずつお話をするようになりました。お父さんはこうすけを愛していらっしゃいましたが、男同士の相棒といった感じでしょうか?「こいつには金かかっとるわぁ…ほんま、勘弁してほしいわぁ」とよくボヤいていました。こうすけはこうすけで、非常に穏やかな性格で、いつもお父さんの傍にそっと寄り添っていました。
やがて、膀胱の小石が次第に減ってきて、毎週1回の通院から毎月1回の通院になりました。1カ月ぶりにいらっしゃったお父さんに「こうすけはお元気でしたか?」とお聞きすると、お父さんは笑いながら「この夏はなぁ。食欲無くなってもうやばい、死ぬかと思ったわ」とおっしゃいました。血液検査をしましたが、特に異常はなく、きっと夏バテだったのでしょう。
あるとき、お父さんはぽつりとつぶやきました。「そやけど、こうすけはかわいそうやな…。男に生まれてきて1回もしたことないまま、タマ取られてなぁ」。こうすけは、精巣腫瘍を摘出した時に去勢をしていました。この言葉にビックリしましたが、そこが重要なの?と思って私は笑ってしまいました。
今年の春、狂犬病の注射に来られたときは(こうすけのお父さんはノーリードですが、予防注射やフィラリア予防はきっちりするタイプ)、「狂犬病って、かかったら絶対に死んでまうんやてなぁ!今朝のニュースでゆうとったわ!」とおっしゃいました。これまで、狂犬病注射は何のために打つものだと思ってらしたのでしょうか?(笑)
夏には、耳の付け根の腫瘍がみるみる大きくなり、悪性を疑い急いで切除しましたが、なんてことはない良性の腫瘍でした。本当に、次から次へと動物病院に用事のできるこうすけです。
最近のこうすけはいつの間にかすっかり顔が老けて、以前より悪かった股関節の病状が進行して、歩きづらくなって来ていました。カルテを見ると、もう15歳をとっくに過ぎていて…。いろいろあったけど、長生きしているね、こうすけ…。そう思っていたある日、お父さんから電話がありました。
「先生、こうすけが死んだわ」
こうすけは、ノーリードで散歩に行く途中で姿が見えなくなり、お父さんが探しあてたときには、口からわずかに出血した状態で道路で横たわっており、すでに息がなかったそうです。数年にわたり、いろいろな治療をしてきたこうすけ…。最期はこんな形で天国に行ってしまうなんて!これまでのいろいろな思い出が一気に押し寄せてきて、私はとても悲しくなりました。
その数日後、こうすけのお父さんが病院へ来られました。
「先生、ちょっと来て」
いつもとちょっと服装が違い、襟付きのポロシャツを着たこうすけのお父さんが神妙な顔をしておっしゃいました。ついて行くと、いつもの軽トラックじゃないワンボックスカーのトランクを開けて、100本くらいはあるのではないかというくらい大量のネギを渡されました。そして、「こうすけがおらんと寂しいわ。先生に会えんようになるのも寂しい」といわれました。…これは、まさかの告白?
ときにいわれることですが、動物病院の獣医師は動物の治療をするのではなく(治療ももちろんいたしますが…)飼い主さんの治療をするのだ(ここでいう治療は、飼い主さんとペットと獣医師とのコミュニケーションのこと)と思います。こうすけとこうすけのお父さんとはベタベタした関係ではないのですが、強い信頼関係があり、私もその輪の中に主治医として参加させていただきました。たくさんの思い出があります。
こうすけは、お父さんと毎日田畑を自由に走りまわって、悪くない犬生だったと思います。
こうすけ君のご冥福をお祈りします。