「逃げないで」飲酒事故で脊髄損傷負った男性 走り去るエンジン音に覚悟した死
深夜の交差点。左側から迫る車に体を固くした瞬間、衝撃で目の前が真っ暗になった。次の瞬間、聞こえてきたのは「ブルル…」と走り去る車のエンジン音。周囲に人影はない。「このまま死ぬのか」と絶望感が襲った。
相次ぐ痛ましい事故のたびに、飲酒運転や危険運転の厳罰化が進む。それでも飲酒運転や危険運転はなくならず、「怖くて逃げてしまった」という事案も後を絶たない。命に関わるけがでなかったり、アルコール量が基準に満たなかったりすれば、ニュースになることもめったにない。長谷悠司さん(38)はそんな事故被害者の一人だ。脊髄損傷で車いす生活になり、SNSで体験をつづる今、ドライバーに向け「絶対に逃げないで」と訴える。
長谷さんは2年前、買い物に行こうと自宅からバイクで出かけ、車にはねられた。視界が戻ったとき手は震えていたが、足の感覚が全くない。腰を触っても無機物を触るように冷たくて固かった。肺も損傷しており、呼吸がだんだん苦しくなる中、走り去る車の姿に、声にならない声で「助けて…!」と絞り出した。
幸い、事故に気付いた近くの住民が119番をしてくれた。車の運転手は自宅に車を止め、現場に戻ってきたという。40代の男性で、酒を飲んでおり「怖くなった。何に当たったかは分からなかった」と話したというが、「酒気帯び運転」の基準になる呼気1リットル中0・15ミリグラムのアルコール量は下回っており、過失運転致傷罪と道路交通法違反(救護義務違反・事故不申告)で懲役1年6カ月、執行猶予3年の判決が確定した。
一方、長谷さんは、搬送先の病院で緊急手術を受けたが、みぞおち付近から下の自由を失った。「手術の間はとにかく恐怖しかなかった。医者に『足は動きません』とあっさり言われて…。それからは地獄でしたね」。痛みに、排泄も自分の思うようにならない屈辱感。足が動いたように感じる「幻覚」を覚えては、現実を突きつけられた。
それでも、家族に迷惑を掛けたくないとリハビリに打ち込み、現在は自立訓練センターで一人で暮らす。友人らは今も一緒にバーベキューなどに誘ってくれ、車いすを担いで車から降りてくれる。障害があっても自分らしく生き、社会に積極的に関わっている新しい仲間もできた。「助けてくれる人の方が圧倒的に多かったから、前向きになれた。いろんな人に助けてもらっていることに、本当に感謝している」と穏やかに話す。
ただ、日々の生活では、排泄に支障が出る「膀胱(ぼうこう)直腸障害」のため、毎日4時間近くトイレにこもって便処理をし、血圧の低下で意識が飛びそうになることも。笑顔でいようとすればするほど、現実の苦しさが伝わらないというジレンマも感じる。「一人きりでしんどい時なんか、『あと50年生きるとしたら、18250日こんなことを繰り返して行かないといけないのか』と思ってしまうこともあるんですよ」と打ち明ける。
だからこそ、願う。「事故をしようと思ってする人はいないと思う。でも、飲酒はもちろん、慣れやほんのわずかな油断が、取り返しのつかないことになる。記憶の片隅でもいい、僕のような人間がいることを知っていてもらえたら」
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警察庁のまとめでは、2018年中の交通事故件数は約43万件で、死者数は3532人。重傷者数はその10倍近い約3万5千人に上り、重い障害を負う人も少なくない。一方、2010~14年の累計では、飲酒事故は40代の男性が最も多く、週末の深夜帯や日曜日の午後に多く発生しているという。
これまで1千件以上の交通事故事件に携わってきた兵庫県弁護士会の中島賢二郎弁護士は「事故を起こして逃げる人は飲酒運転が多い印象」とし、「あまり深く考えずに運転したり、周囲も『近くだから大丈夫だろう』と過信したりするのが一番危ない」と警告。さらに「飲酒の有無に関わらず、救護義務を尽くしていれば助かった命や、後遺障害が軽く済むこともある」とし、「気が動転し、怖くなってしまう気持ちは分かるが、勇気をもって通報してほしい」と話している。
(まいどなニュース・広畑千春)