救いようない「クズ」演じたい 26年ぶりの演劇に挑む、車いす男性の思い

 「もう一回言うてみろ!!」こぶしを振り上げて暴れ、3人がかりで制止される車いすの男。駆け付けた男の妹は「申し訳ありません」と頭を下げ、車いすを押して逃げるようにしてその場を去る-。ある舞台の一場面。演じるのは、東京で劇団を立ち上げながら夢破れ、地元に戻った直後に病気で車いすユーザーになった男性だ。「もう自分には無理」と無意識に避けてきた演劇の世界に再び挑んだきっかけは、かつて同じ夢を追ったある俳優との再会だった。

 男性は「マンドン」こと圓井寿夫さん(48)=神戸市。アパレルメーカーの特例子会社やNPO法人勤務を経て、現在は就労継続支援B型事業所の責任者を務めながら、インターネットラジオのDJとしても活動する。金髪の左サイドを短く刈り上げ、ピアス姿で下ネタもバンバンかます。「障害者ってなんか弱くて地味でいい人って感じでしょ。でも当然怒ることもあるし、好みもあれば性欲だってある。そこら辺にいる男と一緒なんですよ」と笑う。

 圓井さんは高校卒業後上京し、東京・調布の日活撮影所内にあった「にっかつ芸術学院」(1997年に「日活芸術学院」に改称、2013年閉校)の門をたたいた。劇団を立ち上げスポンサーも付いたが、方向性の違いで解散。職を転々とする中で体を壊して実家に戻って間もなく、ウイルス性脊髄炎を発症し両足の自由を失った。「障害の見られ方を変えたい」と活動を続けるが、演劇だけは「経験者」と明かしても演じることはなかった。

 その気持ちを変えたのが、同学院でともに学んだ、元芸人で俳優の宮地大介さんだった。招待され最前列で見た、大阪での舞台。「正直、昔は自分の方ができると思ってたんですよ。でも大ちゃんは厳しい演劇の世界で長年努力を続け、すごい役者になっていた」。夢をあきらめ、車いすになって演劇とも距離を置いていた自分との、どうしようもない差。嫉妬ともショックともつかぬ感情が押し寄せ、涙が止まらなかった。そして「自分も、もう一度」という思いが湧き上がってきた。

 地域の劇団関係者に誘われ、即興劇のワークショップに参加。演劇に触れるのは約20年ぶりだったが「やっぱり面白かった」。講座に通い、子どもや障害のある人たち向けのレッスンも企画した。そんな中、神戸を拠点にする劇団「ヴァダー」の脚本・演出担当で、神戸・三宮で演劇バー「エッグプラント」の浜谷晶子さんから1周年記念イベントへの出演を打診された。

 脚本はオリジナルで、出番は1時間のうち10分程度。「感動を呼ぶ障害者の役だけは嫌」と言った圓井さんに用意されたのは、定職もなく瞬間湯沸かし器のように暴れる、主人公のクズ兄貴の役だった。面食らったが、「これこそ、自分がやりたかった役」と喜ぶ。ただ、練習ではダメ出しの連続で「昔の経験なんて何も通じない。これだけ熱くなるのは学院時代以来」。両手を手すりから離して暴れられるよう腹筋と背筋を鍛え、車いすで動きが限られる分、表情や声の抑揚、「背中」での表現を探す。「車いすだから…とは言われたくない。気を遣われるのも嫌。車いすでもまともに演劇やってるやつおるやん、と思ってもらえたら」と圓井さん。「できないことは確かに増えたけれど、得たものも増えた。大ちゃんと同じ舞台に立てるまでレベルを上げ、いずれは自分でプロデュースもしたい」と夢を語る。

 舞台は4月20日午後4時、同6時、同8時の3回公演。ドリンク付き2500円。エッグプラントTEL078-230-1223(まいどなニュース・広畑千春)

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