最後の全日本フィギュアに挑む大学4年生の思い 高橋大輔への声援を自分の力に

最後の全日本に挑む同志社大学4年生の笹原景一朗
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 フィギュアスケートの日本一を競う全日本選手権が21日、大阪・門真市の東和薬品ラクタブドームで開幕する。羽生結弦の欠場は残念だが、高橋大輔の現役復帰や宇野昌磨の3連覇なるか-など今年も話題に事欠かない。世界選手権の代表が決まる場とあって世界の注目も集める大会だ。そんな中、今季限りでの現役引退を決め、自身最後の全日本選手権に臨む選手がいる。同志社大学4年生の笹原景一朗(22)。「悔いなく終えたい」と新たなことに挑戦し続けたラストシーズンを経て、20年に及ぶスケート人生の集大成とする。

 「トップの選手はオリンピックを目指しているかもしれませんが、僕らレベルの選手は全日本のためにスケートをしていると思っています。僕自身は、全日本に出られなかったらスケートをしている意味がない、全日本で滑るために1年間練習している、って感じです」。全日本にかける思いを笹原はそう表現する。

 フィギュアスケートでは、一部のトップ選手を除けば、大学卒業と同時に選手生活を終える人がほとんど。笹原も今季がラストだと決めて、全日本を目指し並々ならぬ決意で挑む。

 高校3年生から3年連続で全日本に出場。大学3年生になった昨年はさらに上のステージを目指して、大学を休学しアメリカでスケート漬けの日々を送った。しかし全日本の予選にあたる西日本選手権でジャンプなどに細かいミスがあり4・62点差で予選敗退。ひどく落ち込んだ。

 「これが自分の限界なのかなと、引退も考えました。でも、一度あの舞台を味わってしまったら…。絶対にもう一度出たいって思い直しました」

 それほど、笹原にとって全日本は「一番気持ちよく滑れる場所」なのだ。

 「普段の練習はジャンプに集中しがちですが、全日本は自分の世界に入り込んで、映画の主役になった気分で演技できる舞台。それに、何千人もの視線を浴びることってそうないですし、お客さんが温かくて、失敗しても拍手してくださるのも全日本の魅力です」

 必ず全日本の出場権を勝ち取る-と決意して臨んだラストシーズン。笹原は「アレをやっておけば良かった、という後悔だけはしたくない。パッと思いついたらすぐ行動に移すことにしました」。まず、練習拠点を滋賀に替えた。

 笹原は京都出身。3歳からスケートを始め、小学6年生まで京都のリンクで長沢琴枝コーチに師事していたが、リンクが閉鎖することになり同コーチは岡山へ移ってしまった。その後は大阪・守口のリンクで練習していたがそこも閉鎖。練習環境を求めて昨年はアメリカにも渡り、帰国してからは大阪の別のリンクに通っていたが、自宅から遠く練習時間の確保が厳しかった。そんなとき、長沢コーチが滋賀に移ることになり、笹原も思い切って拠点を移した。

 「やっぱり自分のスケートの基礎を作ってもらった先生ですし、一緒に合宿に行ったり家にも泊めてもらったりして、お母さんみたいな存在でした。どこか恋しいと思っていた部分がありました」

 練習環境の次に、スケート靴のブレードを替えた。2011年世界選手権銀メダルの小塚崇彦さんが企画開発し、今年4月に発売された「KOZUKA BLADES(小塚ブレード)」だ。

 それまで使ってきたブレードは軽くてジャンプが跳びやすかった。しかし滑っているときの氷を削る音が大きく、長沢コーチに「せっかく静かな曲を使っているのに台無しになる」と指摘された。

 「同じリンクで練習している本田ルーカス剛史選手が小塚ブレードを使っていて、良いよと。それで、長沢コーチに試してみないかと勧められました」

 引退直前に、これまで使い慣れていた道具から替えることは大きな挑戦だったが、この判断は大正解だった。

 「スケーティングがすごくしやすくなりました。ひと蹴りで滑る距離が今までの2倍くらい伸びます。全然違いました」

 笹原はもともと伸びのある美しいスケーティングが持ち味。それがさらに増す道具に出会えたのだ。

 さらに、スケート靴(ブーツ)も9月に替えた。ずっと履いていたものは足首の部分が折れて使い物にならない状態だったが、同じモデルがなかなか入荷せず我慢して使っていた。だが、このままではケガをしやすくなるうえ、ジャンプのタイミングも狂ってしまう。そこで思い切って最新の別モデルに変更。「これもすごく足に合っていて、替えて良かったです。うまくいきました」と笹原は笑顔で話す。

 プログラムもこだわった。振付けはプリンスアイスワールドでプロスケーターとして活躍する吉野晃平さんに依頼した。

 「吉野さんとは、彼が選手の頃からずっと仲良くしてもらっています。僕はもともとシャイな方で踊るのが苦手だったけれど、去年吉野さんに初めて振付けてもらってスケートに対する考え方が変わりました。演技を見てもらう楽しさを教えてくれた人です。それで、今年も絶対お願いしたいと決めていました。曲も一緒に探して、吉野さんが勧めてくれたものです」

 SPはコールドプレイの「O “Fly On”」。「今まで出会った人に感謝を伝える」という意味の歌詞で、空のような青をイメージした。フリーはガブリエル・アプリンの「Salvation」という恋愛の曲。情熱的な赤をイメージし、ショートとは対になる作りにした。

 こだわったのは、ジャンプも表現の一部にすることだ。

 「ジャンプでも何かを表現できたらと思っていました。ジャンプのために表現を削るのが嫌だったんで、フリーは助走をわざと短くして、その分コレオシークエンス(さまざまな動きを組み合わせて音楽を表現する要素)に時間を割いてもらいました。そうしたいと吉野さんに言ったら、『ああ、やっとそう言ってくれる選手がいた』って喜んでくれました」

 今季からのルール変更で、男子のフリーは演技時間が30秒短くなってジャンプも1本減となった。しかし、ジャンプ1本には10~15秒あれば十分。他の部分で要素を詰めなくてはいけない。世界を見ても、4回転ジャンプの助走を削れずに音楽を表現する独創的な部分を減らさざるを得ない選手が多くいる。それほど、助走の短縮は容易なことではない。

 4回転ジャンプを跳ばない笹原も「助走が短いとジャンプが難しくなるし、体力的にもきつい」と言う。しかし、音楽を表現し、魅せる楽しさを知った笹原は、ジャンプ優先のプログラムになるのを避けたかった。「慣れてきたので今は苦ではありません。挑戦して良かった」と仕上がりに自信を見せる。

 全日本選手権へ出場するには、近畿選手権、西日本選手権と2つの予選を勝ち抜く必要があった。高橋大輔が4年ぶりに現役復帰し、近畿選手権に出場すると聞いたときは、とっさに出場枠のことが頭をよぎった。ましてや昨年は予選敗退。同じ試合に出ることは楽しみだったが、複雑な思いもあった。

 近畿選手権が始まると、会場は満員。まるで全日本のような盛り上がりを見せた。

 「普段の予選とは全然違いました。あの雰囲気を経験できたので、東日本の選手よりも有利かもしれませんね。高橋選手の滑りを間近で見てやっぱりすごいなって思いましたし、一緒の試合に出られてすごく良い経験ができたと思います」

 しかも、近畿選手権のSPで笹原の滑走順は高橋の直後だった。

 「緊張するかなと思ったんですけど、高橋選手への声援が自分への声援に聞こえてきました。それと、普段は自分の名前がコールされた後に『ガンバー』って声援をいただくんですが、それより前から友達が頑張れーって大きな声で言ってくれて。高橋選手のファンの方たちも皆さん拍手してくれて、泣きそうになりました」

 しかしその演技、笹原はステップで転倒し、あごを6針縫うケガを負った。フリーはあごにガーゼを付けた状態で出場したが、西日本選手権に進出。4週間後の西日本選手権ではフリーで会心の演技を見せ大きくガッツポーズした。合計177・66のシーズンベストで6位。無事、全日本への出場権を勝ち取った。

 本番に向けてSPを重点的に練習した。出場者29人のうち24人しかフリーには進めないためだ。

 「全日本ではショート通過がひとつの壁なんです」と笹原は言う。「今シーズン、ショートがどの試合も良くなくて。最近は曲の中でジャンプの確実性を上げられるように、通し練習を増やしています。普段は跳べるジャンプも曲が鳴ったらいろいろ考えてしまうし、試合になるとますます緊張するので難しいです」。

 西日本選手権を6位で勝ち上がった笹原には余裕があるようにも感じるが、本人の感覚は違っている。

 「予選がないトップ選手以外は全国の予選を勝ち抜いて来ているので、実力は全員ほぼ同じ。ここまで来たら、誰が当日ベストを尽くせるか。誰が進んでもおかしくないし、誰が落ちてもおかしくないです」

 これは全国から集まるスケーターたち全員の共通する思いだろう。

 「ショートで終わりたくないですし、フリーに進めたら西日本以上の演技を目指したい。今まで支えてくださった方たちのおかげで最後の全日本に出られると思っているので、恩返ししたいです」

 今年の全日本選手権の開催地は大阪。笹原の家族もそろって応援に来る予定だ。

 「母は今季は全試合見に来ています。姉もスケートをしていたのですごく応援してくれていますし、おばあちゃんも来れるので全日本の場所が近くて良かったです。良い引退ができそうです」

 拠点やスケート靴の変更、そして開催地…今季の笹原には、さまざまな巡りあわせが味方している。

 いよいよ本番。笹原の目標は、単純な点数だけではない。

 「皆さんの記憶に残るような、皆に泣いてもらえるような演技ができたらいいなって思います。惜しまれて、辞めるのがもったいないなって思ってもらえるくらいに。西日本選手権が良すぎたんでハードルが上がっていますが(笑)。自分が一番楽しみにしていた最後の全日本。点数や内容も大切ですが、自分がリンクに入って、演技して、氷を上がるときまで声援を存分に聞いて、一分一秒を大事に滑って、楽しめたら後悔はしないかなと思います」

 スケート人生の集大成はもう目の前。およそ20年分の感謝の気持ちを込めて、笹原は最後の全日本に挑む。(フリーライター・藤井七菜)

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