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外科医に伴う大いなる責任…“悲しい事故”は起こしてはいけない

 病院の待合室。医者を頼ってくる患者の気持ちを忘れてはいけない
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 「町医者の独り言・第11回」 

 「外科医になるのって難しいの?素質がいるか?」。最近、ある人に問われました。ご子息が外科医を目指されているとか。改めて、考えてみるといろんなことが頭に浮かびますね。

 私は外科医からスタートしました。大学卒業と同時に東京の三井記念病院に外科のレジデントとして就職しました。そこで言われたことは「外科医とは唯一人を切っても許される職業である。そこには大いなる責任が伴う」と。今考えれば、当然のことです。

 正しい知識、技術、良心が伴わなければ正しい手術を行うことができません。私がレジデントのころは朝から晩まで暇があれば糸結びをしていたものです。会議室の机、ジュースの缶など、結ぶものがあれば、常に手を動かして糸を結んでいました。医療関係者以外の人から見たら、ヘンな人だったかもしれません。

 もちろん、その他の技術や大量の知識を習得することも不可欠です。朝から晩まで手術のこと、医療のことを考えていました。(と言うと、体裁よく聞こえますが、実は要領が悪いので、人の2~3倍時間がかかっただけです)

 素質とか器用さは、特に必要ないように思います。何より自分に関わった患者さんに迷惑をかけてはいけないという強い気持ちが必要だと思います。その気持ちがあれば、必然的に技術、知識の習得を怠らず、生身の体に立ち向かう胆力の養成も自然にできてくるのはないかと思うのです。絶対に負けられない“勝負”なのです。それは、術前に何回もシミレーションをして、絶対に失敗しないという万全の準備にもつながります。そこで初めて執刀できるのではないでしょうか。

 レジデントになったばかりの頃、尊敬する先輩の医師に「先生は今まで何人くらいの患者さんを手術して治してこられたんですか?」と何とも間抜けな質問をしました。「谷光君な。僕はね、患者さんを治したことなど一度もないんだよ。ただ、患者さんは治っていくんだよ。そのお手伝いをしているだけだよ」と、小学生に諭すように話をされたことを昨日のように覚えています。思えば、本当に未熟だったものです。

 時々、勘違いしている医師、特に外科医に多いのが「オレが治しているんだ!」と傲慢な気持ちを持った人です。こういうタイプの医師に私は執刀されたくありません。常に最悪の事態を想定して、最善の準備をする。そういう外科医に執刀されたいものです。

 闘う病気の状態をよく把握し、自分の力量、アシストしてくれる人の能力、病院の設備なども踏まえて総合的に判断すれば、巷で騒がれているような“悲しい事故”は起こらなかったはずです。どうして、このような悲しい事故が多発しているのにもかかわらず、同様の事故が続発して報道されるまでメスを置くことができなかったのか…。自分もそうならぬよう、深く戒めたいものです。

 ◆筆者プロフィール

 谷光利昭(たにみつ・としあき)たにみつ内科院長。1969年、大阪府生まれ。93年大阪医科大卒、外科医として三井記念病院、栃木県立がんセンターなどで勤務。06年に兵庫県伊丹市で「たにみつ内科」を開院。地域のホームドクターとして奮闘中。

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