【野球】NPBドラフト1位まで生んだ韓国発“イルオンマジック”の秘密に迫る

 アジアプロ野球チャンピオンシップは日本の連覇で終えた。宿敵・韓国とは1次リーグ、決勝戦とも1点差の接戦を制した。その2試合で気になったシーンがあった。

 11月17日の1次リーグ。韓国の先発・李義理が初回、2番・小園に2球投げたところでベンチから崔一彦(チェ・イルオン)投手コーチが出てきた。先頭の岡林に四球を出したとはいえ、プレーボールからわずか8球しか投げていない。こんなタイミングで投手コーチがマウンドへ行くのは、見たことがなかった。

 同コーチはメガネの奥に柔和な笑顔をたたえ、李義理に何事か話しかけたあと、バンとお尻をたたいて戻っていった。そこから李義理は3連打を浴びながらも無失点で切り抜けた。結果6回2失点。敗戦投手にはなったが、試合は作った。

 決勝戦ではこんなシーンがあった。先発の郭彬が二回2死満塁で藤原に1球投げたところで崔一彦コーチがマウンドへ。郭彬はこのピンチを無失点に抑えると5回1失点の好投で役割を終えた。

 どんな言葉をかけたらこんなピンチを切り抜けて、立ち直るのだろうか?大会終了後、崔一彦コーチに聞いてみた。

 「その子のいい時の状態、体の動きは頭に入っている。マウンドでは混乱するので一番大事なところを一つだけ伝える。李義理には下半身を大胆に使えと言った。尻をたたくことで意識させた。郭彬のは自分のタイミングが投げられていなかった。満塁だからワインドアップみたいに足を上げてゆったり投げなさいと言った」

 偶然でも奇跡でもなかった。メカニックの部分で確かな裏付けがあるから的確なアドバイスができる。「ただ間を空けるだけにマウンドに行くのは意味がない」と言い切った。

 投手にとって、打席の途中でマウンドに来られるのはイヤなものだと理解している。

 「野球というのはほとんどのイニングが0点なんです。たった一つのイニングで勝敗が決まってしまうことがある。だから大量失点をしないために打席の途中でもマウンドに行きます」

 韓国球界ではその名前から“イルオンマジック”と呼ばれる。投球メカニックの指導に優れ、数多くの投手を成長へと導いたきた。その手腕からプレミア12や東京五輪など代表チームのコーチも請け負ってきた。

 “イルオンマジック”は日本でも起こっていた。崔一彦コーチは在日韓国人。日本名は山本一彦といい、下関商では甲子園に出場。専大でも活躍した。昨年からは母校の指導にも当たっていた。ヤクルトのドラフト1位・西舘昂汰投手(専大)も“マジック”に触れた一人だ。

 西館は入学後、伸び悩んでいた。筑陽学園では九州大会で興南の宮城(現オリックス)に投げ勝つなど、春夏の甲子園に出場したが大学ではパッとしない。崔一彦コーチはそこでボールの握りやスピンのかけ方など基本から教えた。球速アップにつながったが、3年春は成績にはつながらなかった。

 きっかけは秋のリーグ戦を前にした練習試合。登板前の投球練習を見てふと気づいたという。

 「なんか気持ち良く投げられてないように見えるなと思ったんです」

 そこで声を出しながら投げるようにしてみたらと伝えた。

 「投球の際におりゃーとか、しゃーとか叫ぶようになったら勝てるようになったみたい。自分の力が出せるようになったんだね」

 秋は3勝を挙げ、一気にドラフト候補に躍り出た。

 「紙一重という言葉があるでしょう。選手には変わるポイントがある。ページを1枚めくれるか、めくれないか。方法はいろいろある。コーチはそのきっかけを見つけてあげられるかどうか」

 コーチという仕事とは?と聞けばこんな答えが返ってきた。

 「選手が変わっていくのは面白い。教えるときは自分の息子と思って誠心誠意向き合っている。もちろん理論も必要。ねじ伏せるくらいの理論を持ってないと教えられない」

 言葉が熱い。代表チームを指導するかたわら、韓国の独立リーグ・坡州チャレンジャーズと故郷・下関の橋渡し役も務めた。同チームは来春から下関でキャンプを張ることになった。

 また、イチローやオリックス・中嶋監督も現役時代に採り入れた初動負荷トレーニングを韓国に普及させるために勉強、テストの毎日も送った。

 野球への情熱が人一倍。“イルオンマジック”に触れて、名コーチの定義は世界共通であると確信した。(デイリースポーツ・達野淳司)

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