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【野球】甲子園出場監督の合体でミラクル再現へ!大阪・春日丘+兵庫・西脇工=京都共栄

 神前監督(左)と木谷部長
2枚

 京都共栄学園野球部が神前俊彦監督(66)と木谷忠弘部長(48)の“甲子園コンビ”で聖地を目指している。春日丘(大阪)と西脇工(兵庫)の公立高校を率いてともに激戦区を制し、チームを選手権大会出場に導いた実力者。京都を舞台にした2人による新たな挑戦が始まった。

 やればできるぞ甲子園…神前監督が残したあの名言も今は昔。怖いもの知らずだった青年監督は66歳になっていた。

 「いつ死ぬか分からんからね」

 最近は、こんなギクリとするセリフが飛び出すこともある。

 「高校野球は人、モノ、金、グラウンド、時間。この5つの要素を兼ね備えていないとね。でもねぇ。時間だけは作れません」

 そう、ほしいのは時間なのだ。

 京都共栄学園の専任監督となって今年、7年目を迎えた。まだチームを創部初となる甲子園に連れていくことはできていない。

 小高い丘の上にあるグラウンドは右翼が50メートル程度。左翼も決して広いとは言えない。数年前の大雨でグラウンドのカベが一部崩れ落ち、さらに小さくなった。

 現在は福知山市内の球場を週2回程度借りて全体練習をし、大切な“時間”をうまく使っている。

 モノは工夫すれば何とかなる。バックネット裏の狭い場所に監督自ら、「屋外屋根付き練習場」を造った。

 材料は自分で探す。工具はある。腕は確か。パイプを組み立てて波板を張れば、頑丈で立派なウエートトレーニング場だ。

 雨が降っても鳥かごに入ってマシンを使った打撃練習ができる。継ぎ足し、増築を重ねるうちに三塁側から一塁側へかけて、100メートル近い“回廊”になった。

 「DIYというやつですよ」

 決して恵まれた環境とは言えないが、「何でも自分の思い通りになると思うからイライラするんや」と笑い飛ばす。そして、「逆境は知恵を出すチャンス」とも語る。

 かつて指揮を執った春日丘高校が、甲子園大会初出場を果たしたのは1982年夏。大阪大会の準々決勝でPL学園を破り、勢いに乗った。神前監督26歳。まだ若かった。

 当時、グラウンドからマウンドが消えるというショッキングな出来事があった。授業の邪魔になるというのがその理由だった。

 春休みや夏休みになるとマウンドを復活させたが、授業が始まるとまた自分たちの手で削るしかなかった。

 ナインはマウンドを崩す前にその場で円陣を組み、「強くなる」ことを涙ながらに誓ったという。それが不可能を可能に変えるエネルギーとなった。

 しかし、神前監督にとっては古い記憶でしかない。「そんな過去のことより今ですよ」と前を見る。

 「よろいかぶとを脱いで、今から何ができるか。過去の遺産で今からを生きるのは大きな間違い」

 かつては兄貴分のような存在で選手に接していたが、今はそうもいかない。だから選手とは野球日誌を介して心の内をのぞこうとしている。

 日常の出来事を「物語風」に書かせ、個々に応じた言葉を添えて返す。この「青春と成長の足跡」は1日も休むことがない。

 「そうでもしないと、ますます選手との距離が開いてしまう。彼らも近づいてこないから。文章を書くのは作文や将来、小論文を作るのにも役立つだろうし」

 2019年夏は京都大会でベスト4まで勝ち進んだ。それが最高成績だ。昨秋はベスト16で京都国際に2-4で競り負けた。3失点がミス絡みによるものだった。

 「四球、失策、バントミス。この“3つのエラー”をなくすこと」が勝利への一番の近道だという。

 「でも、この2年、そんな試合は1度もありません」

 チーム作りに心を砕き、ことさら“時間”を惜しむ神前監督だが“人”に関しては、得がたい人材を招き入れている。

 木谷部長は西脇工で13年間監督を務め、2013年夏に兵庫大会を制覇。春夏通じて初めて甲子園大会に出場した。

 指導者としてのキャリアは十分で実績も申し分なし。だが、あえて別の道を選択したという。

 西脇工で教員としての在任が15年。公務員である以上、異動は避けられないが、赴任先によっては野球に携われる保証はない。年齢を考えると“勝負する”しかなかった。

 「人口減少、高校球児減少が進む中、野球に情熱を注げるのが当たり前ではない時代が来るのかなと。そう考えた末に下した決断でした」

 相談したのは同じ指導者として交流の深い神前監督だった。

 4月1日に着任した木谷部長は73人(マネジャー2人を含む)の部員を前に、「自分は覚悟をもって来ている」ことを伝えた。

 そのポリシーは明快だ。

 「甲子園に行くぞ!ではなく、やることをやっていれば結果的に招かれるというのが私の考えです。プロセスを優先したい。甲子園は目的ではなく目標。目標がないと頑張れないので、京都府で1番になろうということです」

 西脇工時代に「やるべきことを忠実にやることの大切さ」を示してくれた人がいた。それを実践したことが甲子園出場につながったと確信している。

 「あの年は地区大会初戦から甲子園が終わるまでバント、走塁、ランナーコーチの判断まで一切ミスがなかったですから」

 やるべきことを当たり前にやる-。監督、部長とも指導法の根っこは同じところにあった。

 「お互い1勝1敗やからね」と神前監督。聖地での戦いに決着がついていないとでも言いたいのか。

 甲子園で春日丘は丸子実に勝ち、法政二に負けた。西脇工は石見智翠館戦に勝ち、木更津総合に負けた。

 2人が合体すれば、さてどうなる?

 神前監督がつぶやくように言った。

 「1度は行ってみたかった甲子園がねぇ。いざ経験してみると、体に染みついて抜けんのよ」

 会社員との“二足のわらじ”に始まった指導者生活は、15年のブランクを含めると42年。すでに最終コーナーを回った。今から何ができるのか。その答えをこの京都で出そうとしている。

(デイリースポーツ/宮田匡二)

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