【競馬】コントレイルと矢作師に頂いた宝物 感動のラストランVは逆転人生の集大成

矢作芳人調教師を背にして引退式に登場したコントレイル=28日、東京競馬場(撮影・園田高夫)
有終の美を飾ったコントレイルの鞍上で涙する福永=28日、東京競馬場
ジャパンカップを制したコントレイル(中央)=28日、東京競馬場
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 90年アイネスフウジンのダービー制覇に、東京競馬場に集まった史上最高の19万6517人のファンから、騎乗した中野栄治騎手(現調教師)への“中野コール”は、伝説のワンシーンだ。

 あれから30年。世界は今も、出口の見えないコロナ禍の中にある。昨年のダービー。3歳馬最高の栄誉をつかんだコントレイル&騎乗した福永祐一に送られる声援は…“ゼロ”だった。感染防止のための無観客競馬。G1ファンファーレに盛り上がる声援、4コーナーを回る人馬に送られる地響きのような声援もない。静まり返った競馬場にはジョッキーの叩くムチと掛け声、懸命に大地を蹴る競走馬たちの蹄音。そして、はるか向正面に横たわる中央フリーウエイを滑る車のエンジン音だけ。

 そんなスタンドに向かって、福永はヘルメットを取って頭を深々と下げた。「一日も早く、多くのファンが競馬場に戻って来てくれるように」-そんな願いを込めて。検量室に戻ってきたコントレイルにはもちろん、表彰式も勝利の証しとなる肩掛けもない。鞍を外されて裸馬になると、金羅隆助手に伴われてサッサと出張厩舎へと引き上げて行った。さびしかった。「これがダービー?」-。

 あれから1年6カ月。世界はいまだ油断できないコロナ禍にある。限定的ではあるが、11月28日のジャパンCには1万99人のファンが戻ってきた。コントレイルは、自身のラストランを圧巻の勝利で締めくくった。主戦は改めて、スタンドに向けてヘルメットを取った。こらえ切れない。先頭でゴール板を駆け抜けた瞬間、いや、もっと前からかもしれない。込み上げるモノが止まらなかった。誰はばかることなく泣いた。スタンド前で愛馬を待ち受けた金羅助手も涙を流している。あの日、聞こえなかったファンからの祝福の声が、きょうはハッキリと聞こえる。記者席からジッとその光景を見つめながら、記者自身もしばらく震えが止まらなかった。

 脚元の不安で育成段階での重要な1歳後半から2歳5月まで、馬場入りすらできない状況に置かれていたコントレイル。そんな逆境を跳ね返して競走馬となり、父ディープインパクトに続く史上3頭目の無敗のクラシック3冠馬の栄誉を勝ち取った。しかし、その後は3連敗。「3冠馬の名誉を守りたかった。本当に強い馬。それを(競馬ファンの)みんなに知ってほしかった」と福永。矢作芳人調教師と全ての関係者が最後の大一番にかけた。その福永も“天才”と称された父・洋一という名のプレッシャーと向き合いながら、押しも押されもしないトップジョッキーの一人となった。

 相変わらずコロナ禍の暗い世の中だが、そこにひと筋の光明を差し込む“逆転劇”が、今年は続く。相撲界では、ケガや病気で大関から序二段まで陥落しながら、横綱まではい上がってきた照ノ富士が、11月場所で横綱昇進後2場所連続優勝を全勝で決めた。プロ野球では、前年最下位同士のヤクルトとオリックスが日本シリーズを争い、史上まれに見る好試合の連続の末に、ヤクルトが20年ぶりの日本一に輝いた。

 そして何よりも、一番の逆転劇はコントレイルを管理する矢作師だろう。調教師試験に13度跳ね返された。親しくさせてもらって25年以上。助手時代のそんなシーンに何度も遭遇した。そのたびに「来年こそ」と、酒を呑み繰り返してきた。それだけに、失礼を承知で言わせてもらえれば、正直、こんなすごい人になるとは想像できなかった。それは同じく長年付き合いのある他社の記者もそう。「もう手の届かないところに行ってしまったね」とよく話すが、それをトレーナーに話すと、「バカ言ってんじゃねえよ。いつでも呑み行こうぜ!」と笑い飛ばされる。決しておごり高ぶることはない。人情家で涙もろい。そこが魅力のひとつだ。

 04年に14度目の挑戦で調教師試験に合格。05年に厩舎を開業すると、その年12月の朝日杯FS(当時は中山開催)にスーパーホーネットでG1初挑戦。首差の2着惜敗に「競馬の神様に“まだG1は早い”と言われたんだな」とつぶやいた。それから5年。同じ舞台に送り出したグランプリボス(10年)で、36回目の挑戦で念願のG1制覇。そこからは怒濤(どとう)の逆転劇だ。12年にディープブリランテでダービートレーナーになると、14年に初のリーディング奪取。16年にリアルスティールでドバイターフを制し、海外G1初制覇&2度目のリーディング。コントレイルでクラシック3冠トレーナーの仲間入りと3度目のリーディングを果たした昨年。そして、今年11月6日の米・デルマー競馬場で行われたブリーダーズC・フィリー&メアターフをラヴズオンリーユーで、ディスタフをマルシュロレーヌで一日2勝の偉業達成。それは日本調教馬として初のブリーダーズC制覇となり、後者は海外ダート国際G1初制覇でもあった。

 「遊びが充実していなければ、いい仕事はできない」-。そんな考えから、厩舎のスローガンは「よく稼ぎ、よく遊べ。賞金は一銭でも多く、ぶん獲って来い!」。現場はある程度スタッフに任せ、自らは馬の管理、番組選択などを受け持つ。チームワークの良さは業界一と言っていい。得意の戦法!?は“怒りの連闘”。「常に緊張感はあるが、毎週競馬に使うことでスタッフの励みにもなる」と言い、年間出走回数は地方&海外も含めて、13年以降500走超えで、最多を誇る。コメントは常に正直で、決して馬やジョッキーのせいにはしない。「調教師の腕が悪かった」と潔い。そこも魅力だ。

 2年連続4度目のリーディング&3年連続最高賞金獲得調教師を狙う今年は先週終了時点、当然賞金はトップだが、勝ち星では2勝差で2位。先週3勝の固め打ちで「あと1カ月、ここからが勝負」と決意も新たにしていた。12月12日には、同じくラストランを迎えるラヴズオンリーユーが、海外3勝目をかけて香港カップに挑む。暮れのグランプリ・有馬記念には、福島記念で驚異の逃走Vを演じたパンサラッサで一発を狙う予定だ。

 少し横道にそれた。コントレイルの母ロードクロサイトは、米国のセリで師自身とノースヒルズ・福田洋志GMとで購入した馬。未勝利のまま繁殖入りしたが、「お母さんから携わらせてもらい、調教師冥利(みょうり)に尽きる」と、ゆかりの血統馬。姉兄はいまひとつ結果を出せなかったが、父がディープインパクトに変わった3番子が一気に覚醒した。無敗3冠をかけた昨秋の菊花賞を前にしては眠れない日々を送った。当初は「自分にしかできない経験」と楽しんでいたが、日に日に押し寄せる目に見えない重圧。そして、ファンを大切にする師ならではの「ファンの夢を壊したくない」という思いに一気に襲われた。首差接戦の末の3冠達成に思わず目頭を押さえていた。

 「今まで手掛けたことがない、神様からの授かりモノだと思う。オレ世代にとって“(クラシック)3冠”は特別な思いがあるし、競馬の道を志した時は夢のまた夢だった。幸せだね。当日は一日、緊張してたよ。あの状況で緊張しない方法があるなら教えてほしいね」と笑いながら、当時を懐かしんでいた。

 「ホースマン人生で最も厳しかったレース。菊花賞(3000メートル)は彼にとって適性外の距離。申し訳ない気持ちと勝ってくれという気持ちが混ざって、一番印象に残っている。コントレイルが人間的に成長させてくれた。あのプレッシャーがあったからこそ、ブリーダーズCの時は楽しめたし、今回もそれほどプレッシャーはなかった。きのうは日本酒を呑んで寝たよ(ちなみに、師はあまり日本酒は呑まない)」と落ち着いた気持ちで、愛馬の最後の日を迎えたようだが、レースでは、「もう叫んだよ。残り1Fで勝ったと思ったけど、前の椅子を蹴ってたみたい」と冷静ではなかったようだ。

 12月を間近に控える寒風の中、4200人余のファンが見つめた引退式。ファンを大事にする師らしく、コントレイルにまたがっての登場で喜ばせた。もちろん、ゼッケンは「5」番。ファンの目の前で披露することのできなかった、ダービーVゼッケンだ。「言葉にならないです」と涙に声を詰まらせ、「プレッシャーとの闘いでしたが、楽しい2年間を過ごさせてもらいました。初めてまたがりましたが、空を飛んでいるようでした。子どもも同じように飛んでくれると思います。コントレイルの子どもで凱旋門賞を取りに行きたい」の宣言に、改めてファンが喜んだ。余談だが、開業当初、勝ちたいレースを問われ、「凱旋門賞と函館記念と矢作川特別」と話した。残念ながら、どれも達成されていない!?…。

 今後は北海道安平町の社台スタリオンステーションで種牡馬入りする。これからが本格化の時。記者も含めて4歳での引退を惜しむ声は大きい。しかし、父ディープインパクトの最高傑作は、その血を後世に残すという重要な仕事がある。仕方のないことか。

 「ホッとしたという気持ちと、さみしい気持ちが重なり合っている。(負け続けて)周囲からいろいろ言われたからね。この馬の強さを見せることができて、感激している。オレよりも、(福永)ユーイチやスタッフが一番悔しかったと思う。今回は究極に仕上がっていたと思っていたので、その通りのパフォーマンスを発揮してくれた。感激した。よくウチ(の厩舎)に来てくれた。感謝しかない」。

 競馬記者になって30数年。これまで中央、地方競馬を問わず、多くの競走馬、関係者に感動を与えてもらってきた。また新しい宝物が加わった。(デイリースポーツ・村上英明)

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