文字サイズ

【スポーツ】聖火ランナー沢松奈生子さんに見た五輪開催のジレンマ 娘、孫、母として

 コロナ禍で五輪開催が問われる中、聖火リレーが進んでいる。ランナーには辞退する人もおり、役割を担った場合も「悩んだ」と語る著名人は多かった。記者自身も当初、公道を走らず、無観客にしてまでセレモニーを敢行することに、疑問をぬぐいきれなかった。

 ただ、取材を始めると、多くの一般ランナーの晴れやかな笑顔には心を動かされた。それぞれのランナーとその家族は、聖火ランナーを務めることへ深い意味を持っている。重度の障害があり、声を出すことができない少女は、パソコンの音声で「本当に楽しかった!」と答えてくれた。病気のお子さんを10年以上介護して見送ったおかあさんは、「娘と一緒に走りました。同じような状況にあるご家族の思いも一緒に」と天を見上げた。

 著名人の中で、走ることを選んだ一人が、兵庫県の聖火ランナー、元プロテニス選手の沢松奈生子さん(48)だ。沢松さんは「最後の最後まで悩み抜いて出した決断。一歩一歩大切に、との思いをかみしめながら走った」と心中を語った。

 決めたのはオリンピアンとしての責任感とともに、家族への思いがあった。沢松さんの母順子さんは、1964年東京五輪の時に聖火ランナーの伴走者として地元西宮を走る予定だった。しかし、台風が接近したことで聖火リレーは中止され、「幻のランナー」になってしまった。

 「当時、母が走るのを今93歳の祖母が楽しみにしていたそうです。なので(走る姿を)祖母に見せてあげたかった」と沢松さん。祖母の保子さんへ、動画を通じて57年越しの夢を実現させた。

 しかし、走り終わった後も、「悩み抜いた」という思いは解消されてはいなかった。「私の子どもは中学生ですが、楽しみにしている学校行事がほとんど中止になっている。その中での五輪開催、聖火リレーというギャップに、私自身の心がついていけない」

 娘、孫、母、そしてオリンピアン。それぞれの立場で答えは違う。アスリートの努力も誰より理解している。ジレンマの苦しみが見てとれた。

 今の五輪開催の判断に、情緒的な思考は無用なのだろう。一方で聖火リレーを取材していくにつれて、五輪はいったい誰のものなのだろうかと考えることが多くなった。少なくともあの場では、IOCや政府、スポンサーやメディアのものではなく、確かにランナーとそれぞれの家族のものだった。

 五輪の主役は選手だが、それと同時に世界中の市井の人たちが笑顔になるべきものだ。もう時間はない。それでも、開催の議論が二極化や分断を呼ぶのではなく、今からでも五輪の原点に立ち戻る機会になってほしい。(デイリースポーツ・船曳陽子)

関連ニュース

    編集者のオススメ記事

    オピニオンD最新ニュース

    もっとみる

    ランキング

    主要ニュース

    リアルタイムランキング

    写真

    話題の写真ランキング

    注目トピックス