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【野球】カシワギ、焦るな!手術の日本ハム・荒木大輔コーチへエール

 現役時代の日本ハム・荒木大輔コーチ
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 病床で大輔は何を思うのか。日本ハムは15日、荒木大輔1軍投手コーチ(56)が都内の病院でアキレス腱(けん)縫合手術を行った、と発表した。復帰時期は未定らしいが、彼ならつらいリハビリを黙々とこなすだろうが、決して焦らないでほしい。

 1988年のシーズン中盤に右ひじ痛を発症。側副靱帯(じんたい)再建手術、いわゆるトミージョン手術を受けたのだが、リハビリを焦りすぎたため悪化し、翌年2度目の手術を受けた過去があるからだ。

 春夏合わせて5季連続で、高校野球の甲子園大会に出場。その甘いルックスから、新生児の人気名前ランキングで1位になるなど、空前絶後の「大輔フィーバー」は社会現象にまでなった。埼玉西武ライオンズの松坂大輔投手(40)の名前の由来が、荒木コーチなのは有名な話である。

 プロ入り後の荒木コーチとはそれなりの因縁がある。私は92年のシーズン、初めてヤクルトの担当記者になったのだが、実はその前から荒木コーチとは付き合いがあった。

 もう時効だからいいだろう。彼が開幕投手を務め、10勝した87年シーズンのことだった。当時、私は広島担当記者だったが、他社のヤクルト担当記者らとともに、現役時代の荒木コーチと移動日に広島市内で会食することになった。

 人気絶頂の彼は「敵地で、荒木だとバレるとまずい」と、繁華街に繰り出すことをためらっていた。そこで会食するメンバーと話し合って、その晩は「荒木」と呼ばずに「カシワギ」と呼ぶことに決め、外出することにした。なぜ、「カシワギ」だったのか、分からないが…。

 食事を終え、門限まで時間があったため「もう1軒」という話になったのだが、その後のことは忘れられない。調子に乗って、何度か「カシワギ、飲めよ」コールを繰り返していた時のことである。彼は「もう飲めないよ」と断っていたのだが、突然、そのお店の女性スタッフが「カシワギ君、先輩が言っているんだから飲みんちゃい(飲みなさい)」と、広島弁で“説教”を始めたのだ。

 最初は、荒木コーチのことを知っているはずだと思い、ノリで合わせてくれたと思っていた。ところが、話していくうちに本当に知らなかったこと分かり、荒木コーチが「俺って、人気ないことが分かった」とぼやき、一同腹を抱えて笑ったことを覚えている。

 右ひじのリハビリや椎間板ヘルニアの治療などがあり、復活を果たしたのは92年9月24日の対広島22回戦。実に1541日ぶりのことだった。

 その試合の原稿を担当記者として書いたのは、不思議な感覚だった。ヤクルトはその年の10月10日に行われた阪神戦で、14年ぶりの優勝を決めた。その試合の勝利投手は先発した荒木コーチだったため彼のヒーロー原稿を書き、優勝手記の寄稿も手伝った。

 プロ野球担当記者として7球団を渡り歩き、大勢の選手を取材したが、彼は忘れられない一人だ。だから、私はマウンドに出向く姿を焦らないで待っている。(デイリースポーツ・今野良彦)

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