【スポーツ】136日ぶりボクシング興行再開、「一歩」踏み出した意味

 コロナ禍で中断していたプロボクシングの興行が12日、愛知県刈谷市で行われた中日本新人王予選で再開した。136日ぶりの試合は試合3週間前と前日の抗体検査で陰性だった10選手が出場し、無観客で行われた。

 プロ野球、Jリーグなどが再開し、すでに観客を入れる状態となっている中で、ボクシングは興業再開まで時間をかけた。JBCと日本プロボクシング協会(JPBA)が協議を重ねて細かいガイドラインを作ったのは、選手同士がハードコンタクトし、審判やセコンド、リングサイドの関係者、時に観客にも汗やつばなどの飛まつが避けられないという競技の特性による。

 今回のプロモーターを務めた中日本ボクシング協会・東信男協会長は「何からやっていいのかわからないところから始めた」と手探りのスタートだった。入場時の検温や健康状態のチェックは大前提。試合会場は換気のためドアはすべて開け放たれ、選手控室も使用せず、試合会場内にジムごとに仕切られた空間が与えられた。

 懸案はボクシング固有の問題だ。リングのロープはラウンドごとに除菌され、試合ごとにコーナーで使う用具も消毒された。リングサイドのコミッション席は通常の倍ほどの距離に離れ、タイムキーパーらはフェースシールドや医療用防護服を着用した。通常ならリングのすぐ下に陣取るジャッジもかなり距離をとって座った。

 選手に最も近い位置にいるレフェリーは、選手と同様に抗体検査を受け、陰性であることが確認されており、マスクやフェースシールドを着用しなかった。これは、事前の協議で、声がこもったり視界が遮られたりすることが、リング上での瞬時の判断に影響すると考えられたためだ。

 通常の興行ならレフェリーは1試合ごとに代わるが、この日は抗体検査を通った福地勇治審判が一人で全5試合を裁いた。感染予防のため1試合ごとにシャツを着替え、シューズを消毒する徹底ぶりだった。試合前にリング中央で両選手がレフェリーの注意を聞き、拳を合わせる慣例も省略。勝者の手を掲げてコールすることもなかった。手探りの中でできる対策はとったという印象だった。

 この日の興行は当初3月に予定されていたため、待ちわびた試合に選手は躍動した。ミニマム級の松本幸士(HEIWA)は、僅差で判定勝ち。試合後に熊本の豪雨で自身の先輩が被災したことを明かし、「自分が大変なのに、LINEで応援メッセージを送ってくれた」と涙を見せた。スーパーフェザー級の小暮経太(中日)は、32歳と遅いデビュー戦だった。コロナ禍でアルバイト先の喫茶店の仕事が減ったため、生活のために夜に皿洗いの仕事を増やし、睡眠時間を削って目指した試合でKO勝利した。

 名もなきグリーンボーイたちは、観客のいないリングで力を振り絞って戦った。敗者の表情がいつも以上にすがすがしく見えたのは、リングに立てた喜びが上回っていたのかもしれない。記者自身も会場に響くゴングがこれほど心に響いたのは初めての経験だった。

 今後は制限された人数の観客を入れた興行も始まる。JBCの安河内剛事務局長は、「これでよかったとは言えない。状況に合わせてさらに予防策をとっていく」とし、感染者の増加で「また勇気を持って興行を止めないといけないこともあるだろう」と厳しい見方も示した。安全対策に絶対はなく、また入場料を見込めない現状では興行自体が赤字必至。業界としての問題は山積している。それでも「一歩踏み出せた」と同事務局長。その一歩は、選手が前を向き続ける勇気になるだろう。(デイリースポーツ・船曳陽子)

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