【野球】脳腫瘍から復帰の阪神・横田、感謝と決意を胸に、バットを振り続ける

 苦しみ、不安、焦り。度重なる恐怖との戦いを乗り越えて、阪神の横田慎太郎外野手(22)がグラウンドに戻ってきた。安芸で行った4度の屋外フリー打撃。巻き返しを誓い、そしてもう一度立ちたいと願った“戦場”に足を踏み入れた。

 2月21日のメニュー表には「ランチ特打、横田」と記された。約15分間。2軍首脳陣の前での初お披露目会となったこの日、グラウンドには矢野2軍監督らが集まり、スタンドでは約250人の虎党が固唾(かたず)をのんで見守っていた。

 安芸市営球場は静まりかえっていた。響き渡るのは、バットとボールが当たる音だけ。誰も言葉を発さない、その異様な空気は52スイング目に一気に解き放たれた。トレーナーの「いったぞ、これ」の合図と共に、打球は右翼のフェンスを越えた。これには新井2軍育成コーチも両手を挙げ、観衆からは大きな拍手が惜しみなく送られた。その大声援に、横田は左手を帽子にそっと添えた。

 耐えられない程の頭痛に侵された昨春の1軍キャンプ。緊急帰阪して精密検査を受け、病魔の正体が判明した。「脳腫瘍」。もう野球ができないんじゃないか…と思ってから7カ月。厳しく、つらい治療に耐え、仲間の元へと帰ってきた。「あそこまでバットが振れる横田というのは、非常に僕自身うれしかった。あの入院している横田を見ているだけにね」と話すのは、掛布雅之SEAだ。

 そしてこう続ける。「これからがすごく大変だと思うんだけど、彼ならまた横田らしい野球ができるまでの努力はできる選手だと思う。継続する力があるから、絶対に諦めないと思う」。かつてのまな弟子へエールを送った。

 フェンスには背番号「24」のユニホームが掛けられていた。かつての背番号にファンも思いを寄せる。だが今は育成選手。「僕なんかを応援してもらってうれしいですし、本当にファンの人たちに喜んでもらえるようにっていう思いで、毎日やっています」。現在は3桁の背番号を背負う。それでも待っててくれるファンがいる。声援は自らを奮い立たせる、確かな源だった。

 「自分に負けたり、諦めたら終わりだと思う。育成になったのは野球の結果でなったと思って。悔しいので頑張っていきたい」

 決して病気のせいにはしない。支えてくれるすべての人に恩返しを。鳴尾浜に戻ってからも、仲間と共に汗を流し「今日も元気です」と横田。感謝と決意を胸に、青空の下でバットを振り続ける。(デイリースポーツ・松井美里)

関連ニュース

編集者のオススメ記事

オピニオンD最新ニュース

もっとみる

    ランキング

    主要ニュース

    リアルタイムランキング

    写真

    話題の写真ランキング

    注目トピックス