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スケボー岡本碧優 試合に負けて勝負に勝った4位 小6で親元離れ下宿修行

 演技する岡本碧優(撮影・高部洋祐)
女子パーク決勝 演技を失敗し、頭を抱える岡本碧優=有明アーバンスポーツパーク
女子パーク決勝 演技後、選手たちに担がれる岡本碧優=有明アーバンスポーツパーク
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 「東京五輪・スケートボード女子パーク・決勝」(4日、有明アーバンスポーツパーク)

 19年世界選手権覇者で、中学3年の岡本碧優(みすぐ、15)=MKグループ=は、最終3本目で逆転を狙ったものの転倒。53・58点で4位にとどまり惜しくもメダルを逃したが、大きな存在感を示した。

 試合に負けて勝負に勝った-。まさに、そんな言葉が似合う挑戦だった。全選手が演技を終え、4位で迎えた岡本の最後の1本。代名詞である、体を一回転半させる大技「540」を2本決めた後、さらに果敢にフリップインディに挑戦。しかし、惜しくも転倒してしまい、その場で目頭を押さえた。

 最後は手堅くまとめてもメダルに届いたかもしれない。しかし、「自分の限界にチャレンジする」というスケートボードの魅力を体現した挑戦だった。そのことを一番わかっているのはライバルであり仲間たちで、岡本の元に駆け寄ると、肩に担ぎ上げてたたえた。あまりにさわやかなシーンだった。

 岡本はまだ中学生だが、男子のようなスピードと高くて力強いエア(空中技)を女子競技に持ち込んだ第一人者。19年1月に「540」を成功させたときは、世界でただ1人の使い手だった。今回の五輪で金メダルの四十住さくら(ベンヌ)、銅メダルのスカイ・ブラン(英国)もこの技に成功しているが、岡本の存在なくしては語れないレベルの向上だった。

 小学6年で愛知県の実家から岐阜に単身で移り、男子トップ選手である笹岡建介(MKグループ)の実家に下宿。笹岡の兄・拳道さんに師事し、練習場の「Hi-5スケートパーク」で指導を受けながら腕を磨いてきた。中学1年だった19年には、世界選手権で金メダルを獲得するなど五輪予選対象大会で3戦全勝。金メダル候補筆頭だった。

 ただ、コロナ禍で五輪が1年延期となり、目標を失った。2カ月練習ができず「だらだらしていた」。筋力が落ちた上に成長期も重なって太ってしまったという。練習を再開したときには以前のように滑れなくなっていたが、今年5月の国際大会で3位に終わり「これを生かして一生懸命頑張ろう」と五輪へ気持ちを入れ直した。

 練習を積んで臨んだ大舞台では、予選で1位となるなど真価を発揮。「最後のフリップインディが乗れなくて、とても悔しいです。乗りにいったが、乗れなかったです」。決勝後は悔し涙があふれたが、順位以上の存在感を世界中に知らしめた。

 ◆岡本碧優(おかもと・みすぐ)2006年6月22日、愛知県出身。小学2年からスケートボードを始め、小学6年から笹岡建介の実家に下宿して練習している。「バックサイド540」が武器。148センチ。

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