渡部暁斗は写真判定で11位「これが今の実力かな」 日本勢トップでゴール ハードなコースと雪質に苦戦「人生で一番きつかったかも」
「ミラノ・コルティナ五輪・ノルディックスキー複合男子個人ノーマルヒル」(11日、プレダッツォ・ジャンプ競技場&テーゼロ距離競技場)
後半距離(10キロ)が行われ、今季限りで引退する渡部暁斗(37)=北野建設=はこの大会最初の種目で11位だった。10位のガイガー(ドイツ)とほぼ同時にゴールラインをまたぎ、写真判定の末に順位が決まった。渡部は日本勢トップでゴールした。
山本涼太(長野日野自動車)は15位、谷地宙(JAL)は23位だった。
渡部は首位と42秒差でスタート。最初の1・2キロ地点で14位に順位を落としたが、その後は粘りの走りを披露した。3・7キロ地点で前を走る山本を抜くと、ドイツ選手に必死に食らいつくなどして、残り1周(2・5キロ)を10位で通過した。
レース後、渡部は「これが今の実力かなと思います」と順位を受け止めた。最後は実力者のガイガーを追いつめたが「実力で追い詰めたわけじゃなくて。脱落した人たちがレースをあきらめていて、自分もそんな中でペースが上がらないなと思いながら走った」と振り返った。粘りは見せたが深くやわらかい雪質に苦戦。「人生で一番きつかったかもしれない。コース自体もきついのに、(足の)すねくらいまで埋まるような雪がタフなコンディションでしたね」と話した。
渡部は前半飛躍はK点超えの100メートルちょうどを飛び、122・3点で11位につけていた。
渡部は6大会連続の五輪出場。最高成績は14年ソチ五輪、18年平昌五輪の個人ノーマルヒルで獲得した銀メダルで、昨年10月の引退表明会見では「金メダルを取るという強い気持ちを持って最後のシーズンに臨みたい」と初の頂点へあらためて決意表明していた。この後、個人ラージヒル、団体ラージヒルへの出場を予定している。
◆渡部暁斗(わたべ・あきと)1988年5月26日、長野県出身。98年長野五輪のジャンプを会場で観戦して小学4年でジャンプを始め、中学1年から複合に取り組んだ。06年トリノから五輪6大会連続出場。14年ソチ、18年平昌で個人ノーマルヒル銀メダル。22年北京五輪ではラージヒル個人・団体それぞれで銅メダル。173センチ、60キロ。
