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恩師が語る川澄“秘”ストリー

2012年7月6日

 2012年4月5日、ブラジル戦でシュートを放つ川澄

 2012年4月5日、ブラジル戦でシュートを放つ川澄

 昨年のドイツW杯優勝以降、国民的ヒロインの一人となった、なでしこジャパンのMF川澄奈穂美(26)=INAC神戸=はどんな幼少期を過ごしていたのだろう?今回は川澄が小学生時代に所属した林間SCレモンズでコーチを務め、中学・高校時代にプレーした大和シルフィードの代表でもある加藤貞行氏(64)に当時を振り返ってもらった。小さいころからおしゃまな川澄のエピソードをどうぞ。

▼足も口もよく動いた小学生

 青いユニホームに身を包み、ボールを追っているのが小学時代、神奈川県のクラブチーム・林間SCレモンズに所属していたころの川澄だ。ボーイッシュな髪形と顔立ちから、男の子のようにも見える。林間SCレモンズではコーチをしていた加藤代表が当時を振り返ってくれた。

 「お姉ちゃんがレモンズに入ってきて、幼稚園児の川澄がくっついてきた。それでボールをけろうかって言って、仲間に引きずり込もうと思って。けり方はこうだよ、ああだよと遊び相手をしてあげていたんですよ」

 運動神経は抜群で、サッカーの腕前はみるみる上達していった。さらに、“広報部長”としてもチームに大きく貢献したという。

 「周りに川澄が声をかけて、いろんなところから友達を呼んできてくれたんです」

 小学2年生が終わろうかという2月には、後に黄金タッグを組む上尾野辺めぐみ(現新潟)が入団した。加藤代表に言わせれば、ボールを扱う技術こそ「上尾野辺を10とするなら川澄は6ぐらい」だったというが、川澄には人を引きつける魅力があった。

 「2人が引っ張っていくというより、川澄が引っ張っていくって言ってもいいかな。上尾野辺はそれにくっついていく、というみたいな」

 川澄が小学生だった1990年代は女子サッカーが普及し始めた時期。自主練習をさせても何をしたらいいか分からない子もいたという。そんな中でも、川澄は仲間の先頭にいた。

 ウオーミングアップでは「集まって!」と号令をかけ、「走るよ!」とみんなの尻をたたくのも川澄。加藤代表に「黙っていたことがないくらい、よくしゃべっていたよね」と言わしめるほど。50メートルで小学生女子としては好タイムの7秒台後半をマークしたことがある足と同じく、とにかく口がよく動く子どもだったという。

▼伸び悩んだ中学時代

 6年生の夏(97年)に静岡県清水市(現静岡市)で行われた「清水カップ」で優勝し、進路には女子サッカーの名門・読売ベレーザ(当時)の下部組織メニーナを希望していたが…。ここで挫折に直面することになる。「当然受かると思ったんだけど落っこちたんですよ。川澄のオヤジとも話したけど、見る目がねえなって。今でもそう思うもん」。まさかの落選。中学校の部活でサッカーをする環境は不十分。さあ、どうする?

 「その時にメニーナを受けて“落ちた組”が十数人いたんですよ。神奈川のトレセン(選抜)の仲間ですね。13人だったかな。13人が集まって、どうしようかとなった。で、シルフィードというチームがあることに気がついたんですよ」

 川澄が中学、高校時代に所属した神奈川県大和市のクラブチーム・大和シルフィードは加藤代表が自分の娘のために設立したものだった。当初、人数が思うように集まらず、開店休業状態だったこの“受け入れ先”に目をつけた。「(小学校卒業直前の)2月の半ばぐらいに私のところに来て、(シルフィードは)まだありますか、できますかと川澄が直接言いに来たんです」。こうして、歴史も伝統もない大和シルフィードでの活動がスタートした。

 中学1年生とあって、まゆ毛は太く、あどけない。この5年後には別人のように成長するのだが、その話は後回しにするとして…。大和シルフィードで川澄たちは、若いチームならではの問題に直面することになった。

 「上が誰もいなかったから、自分たちで考えてやるしかなかった。進歩は遅かったよね。新しいところで新しいチームをつくるという意味では意義は大きかったけど」

 川澄を中心にチームはまとまったが、全国のタイトルには手が届かなかった。因縁のメニーナとの対戦では9点も奪われたことがあったという。厳しい言い方をすれば、伸び悩んだ時代でもあった。

▼高校3年生で初タイトル

 高校3年生でやっと手にした勲章が「ティファールカップ」というフットサルの大会での全国優勝だった。表彰式ではしゃいでいるのだが、やはり中学1年の時とは様子が違う。まゆ毛は細くカットされ、髪の毛も明るい茶色に。「この時はまゆ毛が細くなってるよ。このころになると(どの選手も)みんなこうなるんだよな」。まるで実の娘の成長を懐かしむかのようだったが、それだけ思い出深い“初タイトル”だった。

 日体大、INAC神戸と進んだ川澄と、加藤代表との交流は大和シルフィードを卒業した後も続いた。

 例えば、川澄が大ブレークした昨年W杯。予選リーグでイングランドに負けた後、「ドイツ戦は厳しい試合になると思うけど、自分を信じて頑張ってくれ。お土産頼むな」とメールを送った。返事は「お土産任せてください。これからが本番ですよ」。このやりとりの後、W杯で優勝を果たしてしまう。これだけでも十分なお土産なのだが、川澄はきちょうめんにも、ちゃんとお土産を持って帰ってきた。

 「ジャムとか、ホテルで出るじゃない。あれを持って帰ってきてくれたんだよね。おいしいよ、これって。まだそのころは貧乏だったから、お土産って買えないよね」

 豪華でなくとも、恩師を思う気持ちが詰まったお土産だった。W杯優勝で一躍、時の人になってしまった今年の正月も、例年と同じように古巣に顔を出してくれた。急激に忙しくなったスケジュールの合間を縫って、たった1時間だけではあったが、後輩の子どもたちのためにドーナツを持ってやって来てくれた。古巣への思いは変わっていなかった。

▼今も昔も輪の中心

 そして今の川澄、今年の6月10日のもの。なでしこリーグの日テレ戦に勝利した後のワンシーン。レモンズの後輩たちが寄せ書きをしてくれた日の丸を身にまとい、笑顔をはじけさせている。ボーイッシュな女の子から、おしゃれに目覚めた高校生に。そして世界一チームの一員と川澄は成長していったが、いつも人の輪の中心にいるのは同じだ。

 「シルフィードはあいつがいて頑張ろう、頑張ろうと言ってくれたからまとまった。あいつがいなかったらまとまっていなかったと思いますよ」と加藤代表。今年からは毎年、少しばかり出していたお年玉を川澄にあげるのをやめた。育ての親から巣立った川澄は、ロンドンで再び世界一へ羽ばたく。

  ◇  ◇

 川澄奈穂美(かわすみ・なほみ)1985年9月23日、神奈川県大和市出身。ポジションはMF、FW。林間SCレモンズでサッカーを始め、大和シルフィード、日体大を経て、INAC神戸に入団。昨年のドイツW杯準決勝のスウェーデン戦で2得点を挙げ、一躍、なでしこジャパンの主力選手となった。豊富な運動量やスピードが武器。157センチ、49キロ。

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