映画『凪待ち』で主演の香取慎吾「主人公の苦悩は、当時の僕自身のもの」

役所広司主演の『孤狼の血』(2018年)で映画賞を総なめにした後も、話題作を次々と発表する白石和彌監督。6月28日に公開された映画『凪待ち』で主人公・木野本郁男を演じるのは、なんと香取慎吾。今もっとも旬な監督とタッグを組み、俳優としてのポテンシャルの高さを改めて知らしめて、新たな地平へ一歩を進めた香取に話を訊いた。

取材/春岡勇二 写真/Ayami

「正直言うと、だんだんストレスを感じてきて」(香取慎吾)

──この映画の出演オファーがくる前、香取さんは白石監督のことは・・・。

実は知らなかったんです。以前、ある番組に綾野剛さんがゲストで来られたとき、映画『日本で一番悪い奴ら』(2016年)のお話をされていて、監督の名前も聞いていたのですが、あの映画の監督さんとはすぐには結びつかなかったです。

──それでは、白石監督のことはどのように知っていかれたのですか?

映画『凶悪』(2013年)の監督だと聞いて、まずそれを観たんです。そしたら、これがとんでもない作品で、監督もヤバイ人なんじゃないかって思いましたね。そのときは、まだ本決まりではなかったのですが、いよいよやると決まって、直接お会いする日に『孤狼の血』を観たんです。観終わって、そのまま監督がいらっしゃる会議室に向かって。

──そのときには、監督に対するイメージは変わっていましたか。

正直、『孤狼の血』を観て、ますます怖い人なんじゃないかと思いました(笑)。でも、この監督と自分が組めば、なにか面白い化学反応が起こって、ひょっとしたらいい作品ができるかもしれない。そういう気持ちもちょっとは芽生えてました。

──監督と実際に会われてみて、印象は変わりました?

もう180度変わりました(笑)。というか、最初は信じられませんでした。このやさしそうな人が、『凶悪』や『孤狼の血』の監督だなんて、嘘だろって感じ。どこかにカメラが仕込んであるドッキリなんじゃないかって。監督は僕を観てすぐに立ち上がって近づいてくれて「以前から一緒にお仕事したいと思っていたんです」って言ってくださった。そこで、「あぁ、本物なんだ、本物がそう言ってくれてるんだ」って思いました(笑)。イメージとのギャップがあまりにあって、でもそれで、化学反応をますます信じる気持ちになりました。

──演じられた主人公・郁男という役柄については、そのときもう把握しておられたのですか?

本(シナリオ)を一度読んだだけでした。僕は普段からあまり役作りはしない方なので。特殊な役柄、例えば『座頭市 THE LAST』(2010年)や『西遊記』(2007年)のときには、目をつむったままでの動きとか棒術の鍛錬とか、肉体的な準備はしていきますが、今回はなにもしなかったです。監督とも「郁男を演じるのに肉体を絞ったりはしない方がいいよね」って話していたので。

──ただ、この郁男という役は、ギャンブルにはまって堕ちていく、いわばろくでなしの中年男で、香取さんが演じられるにはリスキーな役柄なのではと思ったのですが、そういう点での心配とかはなかったですか。

それも全然なかったです。僕はこれまでにも「透明人間」とかも演じているし、「孫悟空」なんて猿の妖怪ですからね(笑)。リスキーという意味では、もっともっとリスキーなものを演じてきていますから。それに比べると郁男は、人間だし男だし、設定年齢も近いし、いわば「そのまま」で演じられる役ですよね。かなり苦悩する男だけれど、それにしたって僕にだって苦悩はありますから。遠い役ではなかったです。

──郁男が、これまで香取さんが演じてこられた役と違うのは、すぐに「逃げる男」だということもあります。これまでの役柄は、周りの者の先頭に立って困難に立ち向かっていくような人間だったと思います。そのあたりはいかがでしたか?

これまでと一番違っていたのは、そういうところでしょうね。僕自身も逃げるのは好きではないですし。最初はこれまでと違うそういう役も面白いかなと思っていたのですが、正直言うと、だんだんストレスを感じてきてました。郁男というのは、問題が起こって逃げるのではなくて、問題が起こりそうになるとスッと引いちゃう奴なんですよ。そういうシーンを演じた後は、「なんだよ、こいつは。逃げてばかりで、なにやってんだよ!」と自分の役に強く毒づいていました(笑)。ただ、演じるというのはそういうこともあるんですよね。自分とは違う人間になるわけですから。

「あの頃は先の展望がまったく見えていなかった」(香取慎吾)

──郁男は確かにギャンブルで墜ちていく男なんだけど、それでも芯の部分で汚れていないと言うか、ピュアなものがある。それはやはり香取さんが演じているからだし、白石監督が香取さんに演じてもらいたかった真の理由もそこにある気がします。

それは監督に訊いてください(笑)。ただ、演じている人間と役柄がどこかで重なるというのはありますよね。先ほど、郁男の苦悩は僕にもあると言いましたが、実は時期が重要で、この映画のお話をいただいたのは1年半前で、実際の撮影はちょうど1年前におこなっていたのですが、その時期、僕もエンタテイメント業界での大きな転換点を迎えていて、あの頃は先の展望がまったく見えていなかったんです。

──ちょうど事務所を独立されたあたりですね。

結局は、ここ1年半の間に、この映画もあり、また前からやりたかった絵の展覧会などもやらせてもらうなど、すごく充実した仕事をさせてもらったんですが、1年前はそのようになるとは思えなくて、孤独や不安を感じていたんです。それがちょうど撮影の時期と重なっている。だから、郁男にピュアなものがあるとすれば、それは監督がそのように郁男像を切り取ってくれたものですが、郁男の苦悩は当時の僕自身のもの、そう思います。

──いい映画ができるときというのは、何年も準備してきた作り手たちの思惑を越えて、さまざまなタイミングが奇跡のように重なることが多いですよね。

それで言うと、年齢に関してもいいタイミングだったかもしれません。ちょうど40歳を過ぎたところでこの役を演じたのですが、30代の自分では郁男をいまのようには演じられなかったと思います。役柄と実年齢が近いとかを越えて、40代になった自分だからこそ滲みだせたものがあったと思います。

──確かにそうですね。あと、リリー・フランキーさんとの共演を楽しみにされていたようですが、40代になって、実際に共演されてみていかがでしたか?

リリーさんはスゴかったです。ほとんどの俳優は、本番が掛かると、どうしたって多少心が揺れるのですが、リリーさんは本番になっても、リハーサルのときとか、もっと言うと撮影の合間に雑談しているときと、まったく変わらない心持ちで演技をすることができるんです。簡単な言葉で言うと、「自然に演技をしている」ということになるんでしょうけど。これってスゴいことですよ。よく考えたら、リリーさんの役は宮城・石巻市にずっと住んでいる人の役で、話すのはそちらの方言なんです。さっきまで僕らと標準語で話していて、本番になった途端に方言で話すのに少しも心の揺れがない。驚きました。

──実はリリーさんとは旧いおつきあいなんですよね。

ええ、僕が10代でラジオをやっている頃、リリーさんは放送作家として一緒にお仕事してくださっていたんです。僕は、リリーさんが俳優として活躍され始めてからもずっと注目していて、ステキだなあ、共演したいなあと思っていたんです。今回、リリーさんの方が、かつてラジオ番組で「慎吾ちゃん」と呼んでた僕と共演するのかって感慨を持っていらしたみたいだったのに、いざ撮影になったら全然動揺されてなかったです(笑)。

──もうひとり、郁男の恋人の娘で、郁男とは親子のような関係になる娘を演じた恒松祐里さんが印象的でした。

彼女は出演時にはまだ19歳だったのですが、とてもしっかりした演技をしていて、自分が19歳だったときと比べて、たいしたものだなあって思っていました。2人での絡みの芝居で、ふっと間が空くときがあるのですが、そのときも彼女がグイグイきてくれて間を埋めてくれるんです。2人での芝居は、彼女に引っ張られていました。

──でも、それは香取さんが「受けの芝居」に徹底しておられて、どんな演技も受けてくれるという安心感があってのことだと思いますよ。この映画での演技で、俳優・香取慎吾として、ますます求められる存在になられたように思います。

いや、どうなんでしょう。基本的に演技は苦手ですからね(笑)。ただ、映画を観るのは大好きで、観ていると自分も参加はしたくなるんだけど、演技は苦手だからなあと、その感情が行ったり来たりしてて(笑)。それでも、求めてくださる人があれば応えたいです。

──白石監督から、もう一度、と呼ばれたら。

もう、すぐやります(笑)。今回ご一緒して、大好きになりましたから。あ、でも、近頃監督は「劇中にもう少し、香取慎吾の笑顔を入れとけばよかった」みたいなことをおっしゃってるみたいなんですが、「今回は笑顔なしでいこう」って最初に2人で決めていたんですよね。それを今になって失敗したみたいに言うのは潔くないなあって、これは思ってます(笑)。

(Lmaga.jp)

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