俳優・藤井隆「立派な仕事が出来れば」と舞台が転機

あるときは司会者、あるときは俳優、そしてまたあるときはミュージシャン・・・、さまざまな顔を使い分けながら、それぞれのジャンルで魅力を放ち続ける芸人・藤井隆。舞台俳優としても、三谷幸喜や鴻上尚史など、名だたる作・演出家の作品に招かれており、現在はNODA・MAP『贋作(にせさく)・桜の森の満開の下』に出演中だ。本作では、体力の限界に挑むような役に挑戦すると同時に、自らの仕事について決意を新たにする機会にもなったという藤井に話を聞いた。

取材・文/吉永美和子 写真/本野克佳(人物)・篠山紀信(舞台)

「シュッとしている?信じていいですか?」(藤井隆)

──野田秀樹さんが率いる「NODA・MAP」の出演は、これが4度目となりますね。

20歳のときに、大阪で『贋作~』を観て「何かすごいなあ」と思ったんですよ。吉本興業に入る前の、自分の将来がどうなるのかもわかんない時期に圧倒された舞台に、今回出させていただけるというのは、本当にありがたいです。

──『贋作~』は、野田さんが1989年に発表し、これが3度目の再演となる名作です。藤井さんが演じる「赤名人(あかめいじん)」は、コメディリリーフ(緊張を和らげるために現れる滑稽なキャラクター)であると同時に、負の部分も背負ってるような複雑な役ですね。

最初は仏像造りの名人として登場して、そこから鬼に変わっていきます。今回、私自身にいろいろあって稽古場でやらなきゃいけないことに対しての答えを出すのが本当に遅かったなあって反省してます。舞台上に人がたくさんいる場面ではどこにいればいいかわからなくなったり、走り回るときに出遅れたりして迷惑おかけしてました。

──とにかく役者を動き回らせるのは、野田さんの舞台の特徴ですからね。でも藤井さんは、普段ダンスでもすごく動きにキレがあるからか、どこかシュッとしてる印象を受けました。

本当ですか? 信じていいですか?(笑)。自分ではそんな実感が全然なくて、シュッとなんかしてないと思います。野田さんからいただくダメ出しが「あの台詞が聞こえませんよ」というレベルですから自分にガッカリしますが、とっても素敵な出演者の方々とスタッフのみなさんに恵まれていて、毎日がんばれます。

「仕事とは何だろう?と考えさせてもらえるお芝居」(藤井隆)

──大倉孝二さん、秋山菜津子さん、池田成志さんと4人でのシーンが多いですが、確かに絶妙なコンビネーションです。

成志さんが僕の動揺を見抜いて意見を言ってくださって、大倉さんが慰めてくださって、秋山さんが「じゃあ、こうしよう」と言ってくださる、という感じで稽古を進めてきました(笑)。ポイントポイントでこっそりアドバイスをくださる古田(新太)さんもありがたいです。アンサンブルのみなさんも舞台裏での衣裳替えも含めて、本当に手品みたいですごいですよ。

──その集団の動きが見事だったからか、私はこの舞台から美しさと同時に「集団の強さと怖さ」みたいなものを感じたんですが、藤井さんがこの作品から特に強く感じたことは、何かありますか?

僕が好きなのは、夜長姫(深津絵里)が耳男(妻夫木聡)に言う「立派な仕事をしてね」という台詞なんです。この言葉を稽古場で聞いたときに、耳男だけでなく、自分にもそう言ってもらえたような気分になりました。日本の歴史や、夜長姫と耳男の恋の物語などいろんな要素があると思うんですけど、「仕事とは何だろう?」というのを考えさせてもらえるお芝居なんだなあと、私は勝手に感じてます。稽古中、その場面は何度見ても励まされてます。深津さんがやさしくてとてもステキな方なので励まさせる力が倍増してます。

「立派な仕事ができたらいいなあと、本当に思う」(藤井隆)

──藤井さんは非常に多彩なお仕事をなさってますが、たとえば音楽はアップテンポなものが断然多かったりと、もしかしたら「人の気分をアゲる」というところは絶対ブラさない、みたいな自分ルールがあるのかなあと思ったんです。

とても難しい質問です。私自身は、そういう「自分から何かを発信する」という部分が、非常に弱いと思ってるんですよ。私の今の弱点は、そこに集約されているという気がします(笑)。 無責任な言い方になりますが、「この人じゃなきゃ」と思ってもらえるものが少ないんじゃないかと思っています。だからそうやって「気持ちを上げてくれますよね」なんて言われたら「本当ですか?」って、すごくうれしくなります。

──ただ自分の色が付きすぎていない分、プロデューサーや演出に染まる楽しさみたいなのがあるのでは?

どうでしょうね。わからないです。今やらせていただいてる仕事の多くが台詞をいただくとか、演出していただくとか、「いただく」ことも多く、ついていくのに必死です。自分からアドリブを仕掛けようなんておこがましくてなかなか出来ないです。尊敬する芸人さんたちと私は違うのかもしれない、という、異物感みたいなのはずっと感じていますし、このまま取れないんじゃないかなあと思います。

──そう言われると藤井さんの立ち位置は芸人として、かなり独特ですね。

特殊というか「変わってる」という感じ。だからマネージャーは大変だと思ってるのでないでしょうか(笑)。「私はこうです!」というのは自分のなかにあるし、今後はそれをちょっとずつでも出していけたらと思うんですね、そういうことをちょうど考えていた時期に、あの「立派な仕事をしてね」という言葉を聞いて「もっとがんばろう」と思いました。

──ああ、今回の舞台の話とつながりました。

あの台詞には、すごく救われた気持ちになったんです。今は「立派な仕事」ができたらいいなあと。ホントに、本当に思うんですね。仕事のことはもちろん、仕事を支えてくれる人、これからお世話になっていく人、自分のやった仕事を見てほしい人・・・、そういうことをもう一度考えさせられる、いい機会をいただけたなあと思います。ただそれよりも先に「台詞が聞き取れるよう、ちゃんと仕事しなさいよ!」っていう話ではあるんですけど(笑)。

──大阪公演はすでに前売完売ですが、当日券は必ず出るそうですね。

その日に行こうと思ってくださった方にご覧いただけるよう、何としてでも当日券は確保するというのが、野田さんのご意向なんだそうです。(現時点での当日券の最大枚数を聞いて)そんなに? すごーい! じゃあもっと言ってもいいですね。ぜひ、当日でもお越しください(笑)。「新歌舞伎座」は今回の舞台の雰囲気にすごく合ってると思いますし、しかも舞台装置がほかの劇場とはちょっと違うので、ぜひご覧いただきたいですね。

──舞台の内容は決して単純じゃないけど、きっと20歳のときの藤井さんのように「何かすごいなあ」と感じていただけるんじゃないかと思います。

そうですね。カーテンコールのときに客席がパーッと見えるんですけど、観客のみなさんがこの作品から何かを受け取っていただいてるということは、感じております。温かい拍手をいただけているのは、出演者のひとりとして心から光栄に思います。

本作は、作家・坂口安吾の『桜の森の満開の下』『夜長姫と耳男』をベースに、人間と鬼の愛憎が桜吹雪のように激しく舞い乱れる残酷で美しい寓話。大阪公演は、10月13日~21日に「新歌舞伎座」(大阪市天王寺区)にて。チケットはS席10000円ほか。

(Lmaga.jp)

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