中川晃教「こんなにも長くやるとは…、歌は人生」

テクニックに裏打ちされた歌唱力と豊かな表現力を持ち、ミュージカル界で唯一無二の存在感を放つ中川晃教。彼が、自身の「30代を代表する作品」と誇るミュージカル『ジャージー・ボーイズ』が2年ぶりに再演、関西で初上演される。同作は、1960年代から全米ポップス界を席巻したヴォーカルグループ「ザ・フォー・シーズンズ」の成功と挫折の物語を描いた名作。2005年にブロードウェイで開幕して以来12年間のロングランとなり、映画化もされた人気作品だ。ハイトーンボイスが特徴のリード・ボーカル、フランキー・ヴァリを演じる中川に話を訊いた。

取材・文/米満ゆうこ

「いつもボソボソしゃべってると怒られる(笑)」(中川晃教)

──2016年に東京で日本人キャスト版が初演され、全公演完売という人気ぶりでした。当時を振り返ってみて、いかがでしょうか。

日本初演版のフランキー・ヴァリ役を手中に収めるまでのプロセスは、ミュージカルをやってきたなかで初めての経験でした。「中川さんしかできる人がいない」とオファーを受けたものの、デモテープでのオーディションがあり、「えっ、決まった話ではなかったの?」と(笑)。

アメリカのプロデューサーが、ザ・フォー・シーズンズ結成時からのメンバーであるボブ・ゴーディオさんで、彼のOKが出ないとフランキー役はできないからと、3曲のデモテープと歌唱している姿を録画して送りました。でも、その次は6曲に増えて、フランキーの歌声にふさわしい声であるかの審査も・・・。初期から後期へと彼らの音楽性が進化するのに伴って声の出し方も変わるので、発声やそのコントロールも含めてきっちりと審査されました。こういう長い道のりを経て、ようやく合格し、フランキーを演じることになったのが、僕のなかでは一番大きかったですね。

──フランキーは現在84歳で健在ですが、ご本人からアドバイスを受けることはあったのでしょうか。

本物のフランキーからアドバイスを受けることはなかったです。ただ、彼は若いミュージシャンと一緒にコンサートをしていて、フランキーは過去の人ではなく、今なお生きているスターなんだと感じました。

──フランキー役では、トワングという独特の高い声を使った歌唱が印象的でした。

初演に向けてトワングを習得するのに、約1年かかりました。そこから再演まで2年間ありましたが、今でもトレーニングを続けています。初演のときには、ありがたいことに評価をいただきましたが、まだまだだと感じています。その悔しさがあるからこそ、トレーニングを続け、今の表現につながると思っています。そこを見ていただきたいですね。

──トワングはどのようなレッスンをされるのですか。

昨日もボイスレッスンに行ってきたんです。日本語はどうしても口を閉じて口元だけでしゃべり、それでも通じますが、英語は口を大きくあけて、はっきりしゃべって発音しないと通じない。『シェリー』という曲は、『シェェエリー』と発音し、そのぐらい空気を回して、響かせるんです。

──どうやったらあんな声が出るのでしょう。

ちゃんと文字にしてくださいますか?(笑)「シェェーリー♪」(突然、歌い出す)というのは裏声が入っているんです。「シェェーリー♪ シェェリーベイビー♪」(再度、歌う)これは、トワングが入っています。

──トワングを使うと、周りの空気がビリビリと震えてものすごい迫力です。裏声ではそこまでいかないですよね。

そのぐらい違うんです。もちろん喉の筋肉を使うんですけど、このトワングを出すためには、自分のニュートラルなボイスをちゃんとメンテナンスしないといけないんです。基礎的な発声を大切にし、その後は、アスリートと同じで身体が覚えていく。ひたすら訓練です。今ではパッと声が出ますが、初演のときは2週間に1回はボイストレーニングに通っていました。

──そこまで響かせるのが大変そうですね。

チェストボイス(地声に近い歌声)は、あまり声が飛ばないんですよね。自分のセンターの声から調整して声を前後に出していく。かなり技術的なことですが、喉を鳴らして響かせているのではなくて、空気を震わせて響かせる「エアフロー」と呼んでいます。僕はラジオドラマや朗読もしますし、いろんな歌を歌うので、エアフローが役立ちます。これを使うことによって幅が広がっていますね。

──こうやって普通にお話しされている言葉も、よく響いてきますね。

いつもボソボソしゃべっていると怒られるので、今日は気張っています(笑)。

「こんなに長くミュージカルをやると思ってなかった」(中川晃教)

──再演に向けて、目指すところはありますか。

もっともっとフランキーの声を追求していきたい。この役に出会わなかったらあの高い声は見つけられなかった。高い声にもいろんなカラーがある。ミュージカルは声で役を表現するので、芝居という観点からも役の声が生まれるんです。フランキーは僕の声ではないですが、あの声を求められたおかげで、僕の声にも深みが出て、表現を磨くきっかけになりました。

さらに、ハーモニーもザ・フォー・シーズンズの特徴です。ハーモニーは難しくて、1人で突出しすぎていてもダメだし、みんなの声に合わせないといけない。少しでもずれてはダメなんです。ハーモニーを作ることが芝居を作る。そして、カンパニーのいい空気感を作ることへと全部つながっていくんです。

──フランキーは、ご自身のなかでも大切にしたい役のひとつではないですか?

早く、新たなフランキーが生まれてほしいのですが、翻訳家の小田島恒志先生に、この役は「背が小さくて、声が高くて、イケメンじゃなくていいんだよ。アッキーしかいないね」と言われました(笑)。そういう意味ではまり役と思ってもらえるのは、すごいことだなと(笑)。

──先ほど、「フランキー役は中川さんしかやれる人がいない」と言われたとおっしゃっていましたが、それを聞くと日本のミュージカル界の層はまだまだ薄いのかなと考えさせられました。

フランキー役はアメリカにオーディションに行って、合宿にも参加しないといけないんです。オファーを受けたからには意地でも期待に応えたかった。でも、そこまでするのはなかなか難しいことですよね。それが出来る人が現れるのかということですが、現れないとダメだと思います。

──『ジャージー・ボーイズ』を見て、中川さんみたいになりたいと思う若い俳優も増えるのではないでしょうか。

そうですね。コアなお客さんだけではなく、もっと広がって、お茶の間につながっていかなければならない。最近、井上芳雄さんや山崎育三郎さんがテレビに出ることで、さまざまな効果が生まれてきていると思うんです。ミュージカルの楽しみ方が、ここ10年の間にいい意味で変わってきているんですよね。それを現場のなかで感じて、何が必要なのか、次にどういうものを求められるのか、それに応えられるようになるにはどうすべきかいつも考えています。僕は18歳で歌手としてデビューして、19歳のときに『モーツァルト!』で初めてミュージカルの舞台に立った。実は、こんなにもミュージカルを長くやるとは自分でも思っていなかったんですよね。

──何故、続けてこられたのでしょう。

僕には歌が、音楽があるから。ほかに何もなくても、この声、この身体で歌を人の心に届けることができる。歌は人生だと思います。究めれば、歌一つで人の心を動かすことができる。それを認識させてくれたのはミュージカルです。シンガーソングライター・歌手でもあるからこそ、そこが自覚できたんですよね。

──今、おっしゃったこととまさに同じようなセリフをフランキーが『ジャージー・ボーイズ』のなかで言います。中川さんとフランキーがぴったりと重なる瞬間のひとつなのでしょうか?

「街灯の下で、4人だけで、ただ歌が好きでハーモニーを作って歌っていた。音楽だけがそこにあり、あのころが一番好きだった。今もそれは変わらない」(※要約)というセリフですよね。僕はグループではなくて、ソロでやっていますが、日本ではもちろん、世界で通用するエンタテイナーになりたいと夢や希望を持たせてくれたのがミュージカル。そのミュージカルという席を獲得して、フランキー役に出会えたことで、まだまだ自分には可能性があるんだと実感できました。やり続けていく限り終わらないし、完成もしない。完璧を求めたいけど、何かクリアするとその先には必ず課題が出てくる。そういうステージに行けたのはミュージカルのおかげです。

──中川さんの目は世界に向かっていますか?

ボブ役の海宝くんが、今度、ウエストエンドでデビューしますからね。僕も自分なりにコツコツと頑張っていますが、焦ってはいないです。世界のミュージカル界のトップスターと共演するコンサートに、ゲストとして呼ばれることが増え、この間もマシュー・モリソン(テレビやブロードウェイで活躍するスター)と共演したのですが、そういう機会が増えるほど、世界スタンダードが日本でもスタンダードになってきていることを身をもって実感させられる。世界が近くなってきているんです。自分がやっていることが世界にも通用するのかという目線は大切にしたいです。それを分かち合った仲間とともに『ジャージー・ボーイズ』を作り、評価されたこともすごく自分の背中を押してくれています。

──いつか、ぜひ、ブロードウェイの舞台に立ってください。

まず、語学を習得しなくては(笑)。

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本公演は全国6カ所でおこなわれ、大阪公演は「新歌舞伎座」(大阪市天王寺区)にて10月24日から28日まで。チケットはS席12000円ほか、7月7日に発売。

(Lmaga.jp)

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