中井、ベローチェと失った信頼取り戻せ

 9日に京都競馬場で行われた淀短距離Sは、好スタートを決めてハナを奪ったローレルベローチェ(牡5歳、栗東・飯田雄三厩舎)が鮮やかに逃げ切って3連勝。デビュー5年目の中井裕二騎手(22)=栗東・フリー=はゴール入線後、パートナーの首に抱きつき、左手で優しくなでて“感謝”の思いを伝えた。

 人馬一体となってつかんだ勝利に、レース後は破顔一笑。「毎日調教に乗って信頼関係を築いてきました。この馬は僕にとって唯一無二の存在です!」。愛くるしい笑顔はデビュー時のまま。経験を積んだ分だけ、顔は少し凛々(りり)しくなった。

 長浜博之厩舎に所属し、12年3月にデビュー。初年度に23勝を挙げると、翌13年には37勝と飛躍した。だが3年目の14年は11勝と大きく数字を下げ、4年目の昨年は一桁の8勝まで落ち込んだ(いずれもJRAに限る)。下降への分岐点は、13年8月。厩舎所属からフリーへ転身したことで後ろ盾がなくなった。

 その当時を中井が振り返る。「あのころは自分に自信を持ち過ぎていました。(若手騎手に与えられる負担重量の)減量の恩恵があったからこそ勝てていたのに、それを実力だと思って…。自分から味方を敵に回してしまいました」。

 ジョッキーならば、誰でも強い馬に乗りたいし、そのための努力は惜しまない。向上心を持つことは大切だ。ただし、それには最低限のルールがある。お世話になった方々に対する“恩義”を忘れてはならない。所属厩舎のバックアップがあってこそ今の自分が存在する。そこを理解しているか否かが、のちの騎手人生を決めると言っても過言ではない。

 デビューから2年目の中井は、ただ前だけを見つめて後ろを振り返らなかった。これは多くの若手騎手が陥りやすい過ち。「自分ではやることはやっているつもりでした。あのころは、とにかく“チャンスをくれ!”という感じでした。でも、そんなに甘い世界ではありませんでした」。厩舎の信頼を失い、そして孤立-。フリーになったが、状況は良くならなかった。

 気がつけば騎乗数は減り、勝ち星は遠ざかり、かつて応援してくれていた人たちも周りから去っていった。孤独を感じ、自分を見つめ直した時に、ようやく大切なものが何かに気付いた。時を同じくして、プライベートで仲が良かった飯田哲矢助手(飯田雄厩舎)から気性の激しい馬の調教を頼まれた。それがローレルベローチェとの出会いだった。

 栗東坂路での調教は折り合いを欠いて制御ができなかった。そこで調教の場を平地コースに変えて、まずは並足から走りを教え込んだ。「気のいい馬で、口元も敏感。走るのを焦り過ぎている印象を受けました。正直、こんなに走る馬だとは思っていませんでした」。そう振り返るサクラバクシンオー産駒は、のちに破竹の3連勝を飾ってオープンの壁を突破。もがき苦しんでいた中井に希望の光をもたらせた。

 コンビを組んで10戦5勝。「たまに“出遅れるのではないか”とビクビクするけれど、いつもゲートは速い。見る度に安心して見ていられる」と管理する飯田雄三調教師は笑顔で話す。中井の調教への姿勢も評価する。「いつも調教はほかに馬がいなくなる遅い時間帯。苦労して乗っているし、彼の努力で何とか返し馬ができるようになってきた」。

 リーディング上位の騎手への乗り代わりが当たり前となった時代だが、師は「あの馬はほかの誰かが乗っても返し馬でガツンと行ってしまうと思うよ」と今では中井に全権を委任。チャンスをつかんだ22歳に「前の厩舎で一度失敗しているのだし、気持ちを入れ替えて頑張ってほしい。今年から見習騎手の減量特典(デビュー後、3年から5年に延長。中井は1キロ減)をもらえる。ベローチェとともにアピールしてほしいね」とエールを送る。

 スタッフの一員として、中井自身も努力している。「以前よりもレースを見るようになりました。特に武豊さんの騎乗を研究しています。ゲート内で暴れている馬を、出る直前になって立て直す技術は本当にすごい。馬にとって、1完歩目はかなり体力を使います。そこをうまく出せるようになれば、ベローチェももっと楽に走れると思うんです」。

 人と馬とは、不思議な縁で結ばれている。中井はデビュー2年目で所属厩舎の信頼を失ってしまったが、あの失敗がなければ、ベローチェと出会うこともなかった。「誰も助けてくれる人がいないときにベローチェが僕を救ってくれた。もしも2年目の自分でベローチェに乗っていたら、たぶん“感謝”していなかったと思う。彼は僕の味方になってくれる存在であり、いい相棒です。調教中には馬上から“次、またやってやろうぜ!”と声をかけています」。

 次戦は重賞のシルクロードS(31日・京都)。狙うは、もちろん“逃げ切り”だ。「以前、2番手に控えたら全くハミを取りませんでした。壁に当たるまで、今の“逃げ”のスタイルは変えません」。勝った負けたは時の運だが、今の中井には厩舎サイドへの“恩義”、そしてともに戦うベローチェへの“感謝”がある。その思いは必ず皆の心に響く。思い切りのいい騎乗で、存在感をアピールしてほしい。(デイリースポーツ・松浦孝司)

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