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桂春団治さん死去していた、85歳

落語を演じる桂春団治さん=2010年4月
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 戦後、上方落語の復興に尽力した「上方落語四天王」最後の一人で、気品ある振る舞いと話芸で人気を集めた三代目桂春団治(かつら・はるだんじ、本名河合一=かわい・はじめ)さんが9日午前0時11分、心不全のため大阪市阿倍野区の病院で死去していたことが14日、分かった。85歳。大阪市出身。葬儀・告別式は親族や直系弟子らで済ませた。喪主は妻成子(しげこ)さん。

 三代目の呼称で親しまれ、上方落語復興の立役者となった最後の大看板が逝った。春団治さんは高齢もあってここ2年半は療養を続けていたが、昨年12月10日に体調を崩し入院。徐々に体力が弱り、家族に見守られ静かに息を引き取った。

 1947年、父の二代目春団治に入門。父の死後、59年に三代目を襲名し「爆笑王」の異名をとった初代から続く大名跡を継いだ。戦後衰退していた上方落語の復活に力を注ぎ、いずれも故人の六代目笑福亭松鶴さん、五代目桂文枝さん、三代目桂米朝さんと共に「四天王」と呼ばれた。

 「わしがお金をもらえるんは落語だけや」とテレビ番組などに多くは出演せず、落語一筋。華やかな出ばやしで高座に上がり、マクラを挟まず噺(はなし)に入るスタイル。さっそうと羽織を脱ぐしぐさも有名だった。

 弟子のしつけが厳しく、後年に弟子らに「1年に1人、誰かを破門にせんと病気になる人」とネタにされたことも。一方でユーモアにあふれ、弟子の桂春之輔(67)が電話で入門志願したところ「うちはうどん屋と違う。弟子の注文はやってない」とピシャリ。襲名あいさつに訪れた、米朝さんの長男の桂米団治(57)が「このたび春団治を襲名…」と言い間違えると「ほんならワシはどないなんねん?」と笑って返したという。

 大の南海ホークスファン。弟子が機嫌をとるため南海ファンを装っても、テレビ観戦する弟子の挙動でウソを見抜いた逸話もある。

 13年5月以降は体調不良や転倒による負傷などで入退院が続いた。米朝さんが他界した際は「残された四天王も僕ひとり。寂しい」と嘆いていた。昨年6月、孫弟子の桂花団治(53)の落語会にサプライズ登場したのが最後の公の場だった。

 昨年10月に予定していた高座は、体調がすぐれず当日にキャンセル。「不細工な姿は見せられん」と完璧な姿での復帰にこだわった。7日に見舞った、58年師事した筆頭弟子の桂福団治(75)に「ありがとう」と告げ、旅立った。ファンが待ち続けた「三代目」復活はかなわなかった。

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