ももち 私のアイドル像最後まで貫くにゃん~30日ライブで芸能生活に終止符
アイドルグループ・Berryz工房、カントリー・ガールズのメンバーとして活躍した“ももち”こと嗣永桃子(25)が30日、東京・青海野外特設会場で開催するライブ「ありがとう おとももち」で15年にわたる芸能活動を終える。どんな時でも笑顔を絶やさなかった、鉄のハートの持ち主・嗣永はラストライブで涙を見せるのか?カウントダウンに入った嗣永が心境を語った。
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引退まで1カ月を切ったが、嗣永は変わらずマイペースだ。「実感は全然湧かないです。全てが終わって7月以降に実感が湧くのかなって思います」と普段通りだった。現在はラストライブの曲目選びや構成・演出の打ち合わせを行っているが、「いつものツアーでも会議に参加したりしてるので、やっていることはあまり変わらないですね。でも、最後っていうことで気合もいつも以上に入ってます」と張り切っている。
最近では昔から付き合いのあるスタッフから、現場で「もう(仕事をするのが)最後だね」と声をかけられることも増えてきた。活動の中でも「最後の」と冠が付くものが増えてきているが、ここでも普段通りだ。5月22日には℃-uteの鈴木愛理(23)、Berryz工房の夏焼雅(24)とのユニット・Buono!のラストライブを開催。足かけ10年続いたグループの最後のステージでも、涙は見せなかった。「涙をこらえてるんですよ。ドライな人間じゃないですからね」
15年3月3日のBerryz工房の活動休止前最後のステージでも、ほとんど泣かなかった。涙を見せない理由は揺るぎないポリシーにある。「アイドルって笑顔を見せてナンボだと思うんです。Buono!の時は全員が泣いちゃうと歌が成立しないし、最後だからこそしっかり歌を届けたかったんです」と力説した。
15年間、常に笑顔を絶やさなかった嗣永。バラエティー番組などでアウェーな空気になっても、折れることは全くない。デビュー当時から「自分がいかにかわいく見えるか」を考え、「笑顔の方が断然かわいい」という結論にたどり着いた。「唯一の弱点」という泣き顔を徹底的に排除し続けてきた。
アイドルとしてはここぞという時には泣いた方がウケが良さそうなものだが、「そこに頼らなくても愛されるんです!」とももち節。「“スキを見せた方がかわいい”なんて、そんな汚れた涙はいらないんです。それにもう今更ですし」とあざとい涙は完全拒否だ。
ただ、30日は「人生においてのラストライブ」だけに「絶対に泣きませんとは断言できません」。
これまでは「まだファンの方にお会いする機会がある」と冷静さを保っていたが、今回ばかりは本人もどういう心境になるのか想像がつかないという。「唯一、本音とか、男性が好きそうな“スキのあるももち”を見せられる機会でもありますね」と、照れと負けず嫌いが交じった言葉を紡いだ。
嗣永は小学5年生だった02年の6月30日、2万7958人の中から「ハロー!プロジェクト・キッズ」のオーディションに合格し、芸能活動をスタートした。当時から自分が「かわいい」という自覚はあったというが、「それを大々的に言うと嫌われる」と理解もしていたという。今の姿からは想像できないが、人一倍空気の読める子供だったようだ。
しかし、オーディションに合格した途端、教室に嗣永を一目見ようと多くの児童が殺到したことで、考えが変わった。「見られることですごい輝けるんです。芸能人になってあか抜ける、ってよくあると思うんですけど、アイドルになったことによって、自分を表現できるようになりましたね」。独特のキャラの出発点が教室だったことを明かした。
合格から2年後には、Berryz工房でデビュー。その後はバラエティーでも大活躍した。「女性にウケが悪い」自分大好きキャラもすっかり定着したが、これが“本当の嗣永桃子”なのかは謎のまま。
「私は算数より国語の方が好きなんです。算数は計算式が決まってるけど、国語は無限に答え方があるでしょ。それと同じように、みなさんが思うそれぞれのももちが心の中に生き続ければいいと思います」。これだけキャラが固まっているのに、本音はつかみどころがない。
モーニング娘。に憧れて芸能界を目指した。キラキラした姿に憧れたからこそ、「下積みや困難があっても見せる必要はない」と考えている。「アイドルを見るというのは非現実の世界を見ることなんです。ファンの人はそれが息抜きや癒やしになってるんだから、裏側は見せなくてもいいと思うんです」と自身のアイドル論を展開した。
今はアイドルがSNSで自ら情報を発信するなど、親近感を演出する時代だ。だが、嗣永は「アイドルって手の届かない存在だと思う」とこの流れに逆らい続けてきた。「時代には沿わないと思うけど、私の思うアイドル像を最後まで突き詰めたい」と“プロのアイドル”の仕事をまっとうすることを宣言した。
引退後は幼児教育関係に進む。だが、最初から将来を見越して大学に進学したわけではない。「学校が好き、子供が好き」というシンプルな理由で教育学部を選び、「どうせ学費をかけるなら」と教員免許を取得した。ハロプロで芸能活動と並行して大学に進学したのは嗣永が初。「迷惑かけっぱなしだったけど、いろんな人に支えられました」とスタッフに感謝した。
具体的に“その先”を考え始めたのは、14年にカントリー・ガールズのプレーイングマネジャーに就任したのがきっかけだった。「後輩ができて、人を育てる楽しさを知ってしまった」と教育への興味が膨らんだ。
周囲からは「もったいない」と散々引き留められたが引退の決意は揺るがなかった。「芸能界で培った持ち前のかわいさと愛嬌(あいきょう)で、社会の荒波にもまれたいと思います」。不安はある。だが、「違う道に進むのはやりたいことがあるから」と迷いはない。
引退後は恋愛も自由だ。これには声のトーンを上げて「今はー、何も考えられないですぅ。30日が終わってからですね」と“定型文”の返答。「おいそれと声かけられないんじゃないですか。高根の花ですから」と定番ギャグでかわした。
やり残したことを尋ねると、「ありません!」ときっぱり。「15年間活動できたのは、世界で応援してくださる人類のみなさんのおかげです。これからはさみしい世界になると思うけど、許してにゃん(ハートマーク)」と定番のフレーズで締めた。
◆嗣永桃子(つぐなが・ももこ)1992年3月6日生まれ、千葉県出身。02年、ハロー!プロジェクト・キッズのオーディションに合格し、同年、映画「仔犬ダンの物語」で主演。04年にはBerryz工房「あなたなしでは生きてゆけない」でデビュー。バラエティーではウザいキャラクターで活躍。14年にBerryz工房が活動休止した後はカントリー・ガールズのプレーイングマネジャーを務めた。