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【半崎美子】今度は私が土の中の誰かを照らせるかもしれない

 泣かせ歌の女王と称される半崎美子
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 「土の中からこんにちは=6・最終回=」

 36歳でデビューしたという事もあり、個人で17年活動していたという事もあり「下積み長かったね」とよく言って頂くのですが、私自身は下積みと感じた事が一度もありませんでした。その17年は、どちらかというと土の中に根を張る毎日でしたが、その土の中が真っ暗闇だったかというとそんな事はなく、土の中にも時には光がさしたり、季節もあり、朝も夜もありました。

 上京当時は夢を叶えるためには何もかも犠牲にしなければならないと思っていた私でしたが、振り返ってみると犠牲と呼べるものは何一つなく、全ては肥やしになっていました。そのお陰でとっても良い土になり、豊かな土壌になりました。

 メジャーという新しい体制になり、土の中から顔を出して一年。私がこの一年を経て感じた事、感謝したい事は、私の過去を、私のこれまでの17年間を彩ってくれたことです。この一年、様々なメディアでも特集してくれましたが、そのほとんどが私の過去に光をあててくれたものでした。

 私がこれまで続けてきた事、信念をもって取り組んできた事、その活動や出会いについてでした。無我夢中で活動していたその日々を、全て意味のある大切なものだったと肯定してくれたのです。17年間歌い続けてくれてありがとう、この歌に出会って生きる希望がわいた、出会う人達にそう言われるたびに、全国からそんなお手紙をたくさん頂くたびに、私の過去はどんどん明るく光り輝いていきました。これまでの全ての日々が色鮮やかに浮かび上がってきたのです。私はその光に、後ろから背中を押されるように歩いていた一年でした。

 デビューする時に書いた「鮮やかな前途」という歌は、この先の未来が鮮やかであるようにと書いた歌でしたが、実際にデビューしてから鮮やかに光り輝いたのは、私のこれまでの道のりでした。自分の前ではなく、後ろにできた道です。一歩一歩、歩んできた道のりです。出会ってくれた方達が、これまで支えてくれた方達が、私の17年を色鮮やかにしてくれました。

 土の中から顔を出した事で、今度は私が誰かの土の中を照らせるかもしれない、そんな希望を抱きながら、これからも豊かな土壌から栄養を吸い上げてたくさんの歌を咲かせたいと思います。

 ◆半崎美子(はんざき・よしこ)1980年12月13日生まれ、札幌市出身。札幌大学を1年で中退、歌手を目指して上京。パン屋で住み込みアルバイトをしながら音楽活動を続けた。芸能関係者にだまされた経験からレコード会社や事務所に所属せず、モールに飛び込み営業をかけるスタイルで場数を踏む。“ショッピングモールの歌姫”“泣かせ歌の女王”と称される。

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