【山本浩之のぴかッと金曜日】『あの夏のクライフ同盟』を読んで

 ほかに何も目に入らないほど何かに熱中したこと。読者の皆さんにも同じような経験はないだろうか。周囲にはばかばかしく思えても、一途に何かを追い求める姿は実に美しい。『そんなことが許されるのは甘酸っぱい思春期の頃だけだ。歳を重ねると周囲の環境がそれを許さない。何より、現実や経験値が邪魔をして、妙にあきらめが早くなってしまうもんなんだよ』と、判で押したように訳知り顔で、日々若者に向き合っている人へ。

 久しぶりに、少年の頃の自分に戻り心躍るような気持ちにさせてくれる一冊の本に出会った。

 『あの夏のクライフ同盟』(幻冬舎)。著者は、放送作家であり小説家の増山実さん。数々のヒット番組を手がけた増山さんだが、実はテレビの仕事でご一緒したことがない。音楽を通じて知り合った同じ酒場の飲み仲間である。大阪ほんま本大賞を受賞した『勇者たちへの伝言』以来、新作をいつも楽しみにしている。

 昨夏、心温まる連作短編集『今夜、喫茶マチカネで』を発表した増山さんが今回上梓(じょうし)したのは、サッカーの“神”に会うために自転車を走らせる4人の中学生たちの物語。まだ、日本でのサッカー人気がマイナーだった1970年代の北九州が舞台である。

 サッカーの神とあがめられながら、その勇姿を一度も目にしたことがないヨハン・クライフ。クライフがオランダ代表として出場するW杯が日本で初めて中継(中学生達は「宇宙中継」と呼んでいた)されることになったのだが、彼らの住む九州は放送エリアに含まれていなかった。有料配信、動画サイト、そんなものはない時代だ。サッカー雑誌の写真でしか見たことのないクライフのプレー見たさに彼らが取った行動とは…。

 ネタバレになるのでこれ以上書くのはやめるが、増山さんとほぼ同世代の私は、中学時代に舞い戻った気持ちで最後までむさぼるように読んだ。読後感を一言で表すならば、実に「爽快」であった。

 今では簡単に手に入れることのできるあらゆる情報やツールは、当然ながら何にもない。何にもないから工夫する。知恵を出す。行動する。壁にぶち当たる。別の方法を考える。そしてまた、失敗する…。

 ずいぶん面倒くさい。投げ出したくなる。でも投げ出さない。なぜだろう?それは夢中になって追いかけてるから。自分や仲間にとってそれが全てだから。「そう臆面もなく言えるのは若いからだね」の一言で片付けるのは、私は好きじゃない。歳とったことのせいにする大人は、実社会でも卑劣で後ろ向きな生き方をしてはいないか?若者を自分の枠の中にはめようとしてはいないか?

 この物語に登場する大人たちは皆、少年達に真剣に向き合っていた。一見、関わりのない風を装いながら。私が幼い頃は、そんな大人が多かったように思う。(元関西テレビアナウンサー)

 ◆山本浩之(やまもと・ひろゆき) 1962年3月16日生まれ。大阪府出身。龍谷大学法学部卒業後、関西テレビにアナウンサーとして入社。スポーツ、情報、報道番組など幅広く活躍するが、2013年に退社。その後はフリーとなり、24年4月からMBSラジオで「ヤマヒロのぴかッとモーニング」(月~金曜日・8~10時)などを担当する。趣味は家庭菜園、ギターなど。

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