加藤登紀子 早産で命が危なかった!誕生の秘話明かす

 シンガーソングライターの加藤登紀子(77)が6日、TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう定食/一直線」(月~金曜、前5・00)に出演。「ちょうどこの番組でね。『生まれた時の家について聞きたいです』という質問が来たんです」とパーソナリティーの生島ヒロシ(70)に説明したあと、加藤は生まれ故郷ハルビン(満州=現中国東北部)の生家について熱く語り、自身は1カ月早い早産で命が危なかったことを告白した。

 加藤によると、生家は1936年に建てられたアパートの4階で、ちょうど1995年に取り壊される寸前だった。「95年に母(淑子)と一緒に『わが心の旅』というのでハルビンに行ったんです。81年にも一緒に旅をしたんだけど、どうしても見つからなかったんです。それが迷子になって見つかったみたいな感じで、ワッと目の前にあったの。それで、うちの母が『この家なのよ』と興奮しちゃって‥」。

 気温が低い地域のため二重窓になっていて、その中側が冷凍庫代わりで食料の他にしじみを吊るしていたという。淑子さんは妊娠中に黄疸(おうだん)の心配があり毎朝、よじ登ってしじみを降ろしてみそ汁を作って飲んでいたが、加藤は予定日よりも1カ月早く生まれた。

 加藤は「当時、ほとんど無理だったの。それでお医者さんから『保証できない』と言われたら、うちの父(幸四郎)が土下座して『なんとかしてください!』と言ったそうです。『あなたはとっても生命力があったのよ』といつも母はいい方に言ってくれました」と両親の愛を懐かしんでいた。

 加藤はマンスリーゲストとして登場する。

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