【悼む】渡哲也さん 裕ちゃんに惚れぬいて石原プロを支えてこられた 

 俳優の渡哲也=本名・渡瀬道彦=さんが、10日午後6時30分に肺炎のため都内の病院で亡くなっていたことが14日、分かった。78歳だった。

  ◆  ◆

 私にとって渡哲也さんは「病気の男」だった。いきなり失礼な言い方かもしれないが、その言葉の背景には、「病を何度も乗り越えた強さ」がある。

 渡さんの病気を世間に印象付けたのは、1974年、主演したNHK大河ドラマ「勝海舟」を途中降板した時だろう。私は映画記者として取材も兼ねて、療養中の熱海の病院にお見舞いに行った。

 私は見舞い品として一冊の本を持参した。退屈しのぎになればという思いで、今となっては何の本だったか覚えていないのだが、渡さんから「どうも、ありがとうございます」と言われた感謝の言葉は今も忘れられない。

 私は青学大出身で、渡さんの先輩になる。とはいっても、昭和ひとけた生まれなので、在学中に接点はなかったのだが、日活担当だったこともあり、青学生だった渡さんに注目していた。デイリースポーツとしても日活入社前に渡さんの顔写真が欲しいということで、記者が新宿区の下宿を訪ねたら、当時は受験生で後に俳優となる弟の渡瀬恒彦さんが出てきて「兄は出かけています」と言われたことを覚えている。

 私は、元横浜市長の中田宏さんとお話しする機会があった時、「僕は渡さんがいたから青学の空手部に入ったんです」と言っていた。それほど、カリスマ性のある人なんだと実感したことがある。

 91年、直腸がんの手術をされた後、人工肛門を付けられたが、ある医師から「それまで人工肛門を付けたくない人が多かったが、渡さんをきっかけに付けられる人が増えた」と聞いたことがある。

 実はお若い頃から、肺が弱いと聞いていた。そうした病を何度も乗り越え、俳優として、そして、裕ちゃんに惚れぬいて石原プロを支えてこられた。ゆっくりとお休みください。(デイリースポーツОB・島久夫)

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