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木村進さん死去 寛平との50年の友情…88年、脳内出血で倒れて以降も

 全盛時代の間寛平(右)と木村進さん
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 元吉本新喜劇の座長で喜劇俳優の木村進さんが19日午後3時14分、腎不全のため入院先の大阪市内の病院で亡くなった。68歳だった。福岡市出身。1988年に脳内出血で倒れ、左半身に障害が残り、車イス生活となっていた。関係者によると、1年ほど前から施設で生活していたといい、今月14日に体調を崩して入院したという。

 木村さんは父が二代目博多淡海さん、母が博多淡子さんという、喜劇界のサラブレッドだった。20歳で吉本興業に入り、二枚目のルックスとおばあさん役などで人気を集め、23歳という異例の若さで新喜劇の座長に就任。人懐こい博多弁で人気を博し、間寛平(69)との名コンビで新喜劇に一時代を築いた。寛平は、木村さんの新婚家庭に間が居候するなど、私生活でも親友だった。

 70年代中盤から80年代にかけてABCテレビ「あっちこっち丁稚」「花の駐在さん」、MBSテレビ「モーレツ!!しごき教室」などに出演し、関西演芸界の雄として活躍した。

 酒が大好きだった。自宅には、昆布とにんにくをしょう油でつけた瓶が置いてあり、その昆布を一切れ取ってチビチビかじりながら、ただひたすらにウイスキーを飲むというスタイルだった。寛平は「そんな飲み方してたら倒れるで」とよく心配していたが、三代目博多淡海を襲名した翌88年、脳内出血で倒れてしまう。

 左半身に後遺症が残り、車イス生活を余儀なくされた。吉本は退社したが、寛平との絆は途絶えることがなかった。下積み時代を支え合い、その後は2人とも順調にスターへの階段を上っていった。友情は50年近く続き、寛平は正月にはお年玉を持って木村さんの自宅を見舞いに訪れるなどした。

 木村さんは2011年、デイリースポーツの取材に、寛平との思い出を「あまりにありすぎて、何を言ったらいいのか分からない」と口にしながらも、新婚当初の話を振り返った。寛平より先に売れ始めた木村さん。いつも先に仕事で出かける時、「嫁に手出したらアカンで」とクギをさしていたことを、笑顔で語っていた。

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