【長谷川穂積氏×大野将平(1)】感情を表に出さない姿は選手というより柔道家

 対談を終え、“エアグータッチ”を交わす長谷川穂積氏(左)と大野将平(撮影・高部洋祐)
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 デイリースポーツのボクシング評論「拳心論」で健筆を振るう元世界3階級制覇王者、長谷川穂積氏(39)が、東京五輪の柔道男子73キロ級代表で、五輪2連覇を狙う大野将平(28)=旭化成=を練習拠点の奈良・天理大に訪ねた。格闘家としての矜持(きょうじ)や、東京五輪が延期され、開催に不安がある現在の胸の内などを聞いた。格闘家として頂点を極めた2人だからこそわかり合える、濃密な「世界王者対談」をお届けする。

 ◇  ◇

 -トレーニングを見学して。

 長谷川「足、大丈夫ですか?」

 大野「パンパンですね。でも、それくらいやらないと」

 長谷川「試合はいつ?」

 大野「12月だったんですけど(グランドスラム東京が)なくなってしまって」

 長谷川「でも、あれだけやるんですね」

 大野「なんでやっているか、わからないんですけど…」

 -2人には共通点が多い。対戦相手を研究しないこととか。

 長谷川「基本的にはしないです。いい試合を見たら(怖くなるし)、弱い試合を見たらなめてしまう」

 大野「僕もコーチ任せです。日によって全くコンディションは違ってくる。試合当日には進化しているかもしれないし、変化しているかもしれないし、動画をうのみにしない」

 長谷川「大野選手は無差別級にも出て大きい相手とも戦うから、対策を練るなんてできないんじゃないかと」

 大野「柔よく剛を制すという言葉があるんですが、体が大きい相手は当たり前に有利です。技術的にどうあがいても難しい部分があるんですが、そこを何とかするということが、自分の階級に戻った時に生きてくる」

 長谷川「すごいですね。僕らがヘビー級とやると研究したところで、一発もらったら終わりですからね」

 -2人ともガッツポーズをしないが。

 長谷川「僕は、母親が試合を見に来た時に相手がガッツポーズをしているのを見て、嫌やなと言っていたので。無意識にやっていることはあるんです。でも、大野選手はリオ(五輪)で金を獲った時も全くしないで、喜んでいるのかどうかもわからない表情だった。決めてるんですか」

 大野「決めているわけではないんです。ガッツポーズはとっさに出るもので、競技によってはチームを鼓舞する意味もある。ただ、柔道はスポーツの側面もあるけど武道でもある。投げて勝って、そこにプラスして目の前でガッツポーズすることで相手に余計な感情を芽生えさせる必要はないんじゃないかなと。フェアに礼をして握手をして、何ごともなく終わるのがいいんじゃないかなと、極力畳を降りるまでは何もしないスタンスです。ガッツポーズを否定しているわけじゃないんですけど、自分はそういう感じでやってます」

 長谷川「大野選手を見ていると、スポーツマンというより柔道家、ボクサーで言うと拳闘家に近い印象ですね。僕もしないようにしているけど、五輪の金メダルが確定した瞬間に冷静でいられる自信はない。やっぱり喜んでしまうんじゃないかな。ところで、東京五輪が延期になり、今はどんな状態ですか」

 大野「変わらずトレーニングは継続しています。(自粛で)稽古ができなかった時期も、頭を使って今までの振り返りをしたのは有意義な時間でした。今しかできないことが多いのかなという気持ちもあります。強くなろうとか技術を高めようとか、欲や向上する意識は捨てて、体力や技術を今のまま維持するのが目標です」

 長谷川「それが今のモチベーション」

 大野「落とさないというのがモチベーションですね。試合が決まれば、必然的にそこに向けて気持ちも高まってくると経験でわかっている。くるべき時がきたらしっかりと上げていくという意識を持って過ごしてます」

 -長谷川氏も11年の東日本大震災の直後に世界戦(WBC世界フェザー級王座の初防衛戦で挑戦者ジョニー・ゴンサレスに4回TKO負け)を戦った。

 長谷川「予想外のことが起きると、人間ってモチベーションを維持するのが難しい。その中でモチベーションを維持できている大野選手は、本当の格闘家、柔道家だと思いますね。東京五輪の先に思い描いている目標地点はあるんですか」

 大野「挑戦したい大会は、無差別の全日本選手権や団体戦などを思い描いてます。東京五輪は来年に延期になったけど、実際どうなるかわからない。今できることは、次に皆さんの前で柔道をする時に、期待以上のものを伝えるということ。それに向けて準備しています。それが東京五輪であり(五輪会場の)日本武道館だったら一番幸せだなという感覚です。もし違う大会になっても、ベストのパフォーマンスを柔道家として表現するだけだと思っています」

 -勝って当たり前と見られる中で、勝つとことの難しさは。

 長谷川「僕の場合は一生懸命やって、たまたま勝っただけだけど、大野選手は、僕に対してファンの人が思っていてくれたより、もっともっと勝って当たり前と思われていると思う。僕自身も大野選手を見てて、負けるわけないと思っている。そんな中で戦うのはどうなのかな」

 大野「負けて悔しいとか苦しいとかつらいという気持ちを味わったこともあります。でも、今はこうして勝ち続けているからこそ、自分にしか感じられないことがある。それは自分しかいることのできないステージだと思って、誇りに感じて戦っています。勝ち続けていくからこそ見える何かを期待して、できる限り記録を伸ばしたいという思いはあります」

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