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【83】甲子園の心とおにぎり 真のチームプレーを説いた名指導者

 「日本高野連理事・田名部和裕 高校野球半世『記』」

 全国大会に出場経験はないが忘れられない指導者がおられる。2009年6月に71歳で他界された佐藤道輔さんだ。

 社会科教員として都立大島高校に赴任、その後東大和高校などで長年野球部監督として指導された。在任中の日々を著した「甲子園の心を求めて」(東宣出版、報知新聞社)を読んで感銘を受けた指導者も多い。

 「高校野球は人間形成の場」「全員野球」を説いた。高校野球は試合でベンチに入る部員だけでなく、スタンドで応援する部員も全員で戦うと常に教えた。

 例えばゴロがショートに飛ぶ、それを捕ったショートがファーストに投げる。このプレーでボールを触るのは二人だけだが、他の内野手も外野手、さらに捕手もカバーに回る。まさに野球は常に全員でやるものだという。

 ある時、指導者講習会で佐藤先生の講演を聴いた。東大和高校時代のエピソードで、最初の赴任地の縁から毎年夏休みには大島で合宿をしていた。

 ある日、午前の練習を終え、民宿から昼食が届き、休憩となった。部員らは先を争って手を洗い、握り飯に飛びついた。しかし、1年生はグラウンドを回ってボールの回収をしていた。

 佐藤監督はそれを見守って、戻った1年生に「ご苦労さん、昼ご飯にしなさい」と声をかけ、後に続いた。すると「なんだ、これは」と大きな声が聞こえた。監督が近づくと届けられたおにぎりがパン箱に残っていたが、途中で押されたのか、形の崩れたおにぎりだけが残っていた。

 それを見とがめた監督は直ちに全員集合をかけミーティングを開いた。「みんなそんな情けない人間か、どうして崩れたおにぎりしか残らないのか。1年生はボール拾いをしてくれていたんだぞ」と叱った。

 監督はそのまま午後の練習を止め、夜までミーティングを続けたという。上級生たちはしまいには涙を浮かべて自分たちの行動を悔いた。監督は「最後に一番いい形のおにぎりが残る野球部を目指そう、約束ができるか」と諄々と説いた。

 その時のチームは翌年夏、東京都のベスト4に残る好成績を収めたそうだ。

 晩年、佐藤先生は東京都高校野球連盟の理事長をされていた。三宅島の噴火で三宅高校が都内の学校に避難していた。その見舞いで佐藤先生と同行したとき、センバツ大会の改革で考案中の21世紀枠創設の構想を相談した。

 しばらく考えておられたが「ぜひ実現したいですね」と遠くの空を見つめながら賛同してくださった。21世紀枠の出場校には「甲子園の心」を継承して欲しい。

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