【62】新入生を迎えて(下)

 「日本高野連理事・田名部和裕 高校野球半世『記』」

 今回はもう一度暴力やいじめの根絶を訴えたい。

 2007年12月16日、5年目を迎えたプロ野球選手会協力によるシンポジム「夢の向こうにin宮崎」が宮崎市民文化ホールで開かれた。同県の高校野球部員と指導者ら1500人が参加した。

 前日の準備作業中、宮崎県連盟理事長(当時)の松元泰さんから悩みを聞いた。「最近宮崎県で部員間の不祥事が多く、中でもいじめがあるのがとても残念です。明日のシンポでプロ野球選手から技術を学ぶのもよいが、高校野球として大切にしたいことも学んで欲しいのですが…」と打ち明けられた。

 翌日のシンポでは2人の宮崎県出身者が参加する。当時読売巨人軍・木村拓也選手(宮崎南高校卒)とヤクルト・青木宣親選手(日向高校卒)だ。松元理事長に思い切ってこの2人に実情を訴えることを勧めた。

 およそ3時間の熱心な討議が終わった後、まず青木選手が「ちょっとみんなに話がある」と舞台の真中に進み出て話し始めた。

 「久しぶりに故郷に帰ってきたが、宮崎で野球部員のいじめが起きていると聞いた。いじめがあるなんておかしいよ。高校球児は、人間的に成長しなければ技術の進歩は絶対にない。自分の胸に手を当てて考えて欲しい。いじめは絶対によくない。むしろいじめられている人がいれば助けられるような人になって欲しい」と訴えた。

 ホールは一転、静まり返った。まさか県出身の大先輩からこんな話があるとは思ってもみなかったことだ。

 続いて木村選手も進み出た。強い口調で語り始めた。

 「宮崎県人は引っ込み思案で井の中の蛙とよく言われてきた。この中で一番になっても世の中には通用しない。僕も野球を通じて上を目指してきたが、上には上がいた。自分が一番ではない。ここにいる皆がいじめをやっているとは思わないが、周りを気にしていじめが起きている現実を見過ごすことをしないでください。世の中に流されるだけの人間にならないでください。それでは世界に通用しない。いじめなんかちっぽけなことだ。いじめは悲しい。将来を見た時に自分は何をやっていたんだろうと思う。そんなちっぽけなことで虚勢を張るのではなく、世界で一番になってやると考えて欲しい。この宮崎から誰でもいい。野球に限らず何でもいい。世界に頭をもっと向けて頑張って下さい」

 VTRで確認すると目にはうっすら涙を浮かべているように見えた。この日参加した野球部員達には強烈なメッセージになったと思う。木村選手はその3年後、巨人軍のコーチとして広島・マツダスタジアムで試合前のノック中突然倒れ、帰らぬ人となった。

 青木選手も昨年は頭部に死球を受け、シーズンを全うできなかったが今年は順調にスタートを切っているようだ。

 青木選手の活躍を見るたびに木村選手と2人で語ってくれたこのメッセージを思い出す。残念ながらいじめは今も各地で起きている。いじめを受けた生徒の心の傷は深い。スポーツの語源は“気晴らし”だ。気晴らしの方法を間違ってはいけない。

 以前、静岡学園高校の牧野秀則校長(当時)から教師の本当の指導力という話を伺ったことがある。

 「教師の指導力には限界がある。でも生徒間の指導力が育つ手助けが究極の目標ですよ」という。つまり勉強でも野球でも部員間で「こうやったらうまく行った」と教え合ったり、いじめやからかいをする部員に「つまらんことはやめとけ」と諭す仲間の言動が出るようになればという。

 その場に指導者がいなくても生徒間で自主的な正しい行動がとれるようなチームはきっと試合でも手ごわいチームに思えるが、どうだろう。

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