【61】新入生を迎えて(上)

 「日本高野連理事・田名部和裕 高校野球半世『記』」

 新年度が始まり、この欄も装いを一新する。日本高野連理事・田名部和裕氏の本コラムは、月ごとに大きなテーマを決め、数多くの経験と豊富な人脈から高校野球の秘話を語り、本質に迫る。新年度が始まる4月は暴力、いじめの撲滅について。

  ◇  ◇

 陽春の光を浴びて甲子園の選抜大会は智弁学園の初優勝で幕を閉じた。そして、全国の加盟校で6万人の新入生を迎える。

 どうしても気になることがある。それは指導者の体罰と部員間の暴力事件だ。平成27年度で指導者の体罰が40件。部員間の暴力事件は実に180件に上る。

 なぜこれまでの悪弊が断ち切れないのか、なぜ相次いで起きるのか、選抜大会の一日、試合の合間に日本高校野球連盟で指導者研修会「甲子園塾」の塾長を務めている山下智茂さん(元星稜高校監督)と話し合った。

 今、全国の高校野球部の監督の95%が教員だ。教員になるには大学で教職課程を取得してなおかつ教員採用試験に合格しなければならない。欠員が生じなければ採用枠も限られ、極めて困難な道になっている。

 彼らの多くは高校時代に自分の恩師の背中を見て将来の道を決めている。その努力は心から敬服するしかない。

 そんな彼らがどうして体罰に及ぶのか、残念としか言いようがない。5年前に他界された甲子園塾前塾長の尾藤公さんは「叩いた方は忘れているが、叩かれた生徒は長く記憶している。体罰に即効性を求める人もいるが、指導者は畑を耕し、肥しをやって水を注いで実を結ぶまで気長に育てなければいけない」と言われた。甲子園塾を受講する指導者には涙ながらに「絶対に手を出してはいけない」と諭されていた。

 山下さんは「指導者は常に冷静でなければいけない。叱るときも表情は厳しく接しても心は冷静を保っていれば体罰には至らない。つまり指導者という役柄を演じる俳優になれ」という。実に含蓄のある示唆だ。

 次に新入生への対応を聞いた。まず指導方針を保護者にしっかり説明し、目的・目標を明確にする。甲子園出場が目的ではないという。新入生を把握する方法は色々あるが、まず学業成績をチェックし、少しでも向上していたら褒める。褒められた生徒が前向きになるのは必然だ。さらに中学校からの内申書に目を通し、生徒が育ってきた生い立ちをインプットするという。

 次に担任をはじめ養護教諭や職員からも野球部員に関する情報をくまなく集めて補完する。用務員さんなどは部員の行動を実によく観察しているという。

硬式と軟式の格差

 ところで生徒間の暴力事件は、上級生によるものばかりではない。同級生による“いじめ”も多い。なぜスポーツマンの集団でいじめが起きるのか。中学時代に硬式野球と軟式野球を体験した部員との格差があるという。一般に硬式出身はプライドが高く、軟式出身はコツコツタイプが多いそうだ。その肌合いの違いで軋轢が起きることもあるという。

 入学時からしばらく新入生は「お客さん」扱いで、まず問題は起きないが、梅雨を迎えたころ、夏の大会を前に一層練習が激しくなり、自分自身の疲れがたまってきた時、緩慢な動作の下級生に腹を立てることが多いという。レギュラーを勝ち取るために神経がいら立って下級生を見る目に余裕が無くなっていると指摘する。

 山下さんは現職時代、部員には順番に3分間スピーチをさせ自分の意思を表明させている。さらに冬場は日替わりで全員に一日主将を務めさせるという。チームの和を大切にすることを自覚させるためだ。

 甲子園塾での山下さんの熱血ノックには感動する。ノックを受ける選手に全員が大きな声で励ましの声援を送ることを求める。個人ノックを受ける選手の息が上がるとさらに励ます部員のボルテージが上がる。そこに「甲子園に行くぞ!」という空気に満ちてくるのを実感する。高校野球には体罰、暴力は無縁であって欲しい。

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