中国代表の監督事情 アメリカ人が指揮を執り続ける理由

 「本大会では豪州に勝つのが目標。あわよくばその上も、という願望はあるけれど、でも現実は理解していますよ。まだまだ実力は豪州の方が上。ですからその豪州に勝てば今大会は合格。そんな風に考えて思い切って行けばいい。チームのメンバーも、そんな雰囲気でしょう」。中国代表の内情を推察し、そう代弁するのは、中国・江蘇天馬棒球隊(江蘇ペガサス)の呂文生コーチ兼顧問だ。

 中国代表は、WBCにおいて第1回からアメリカ人監督を招へいして戦っている。第1回はジム・ラフィーバー。日本でも1970年代にロッテでプレーした経歴を持つ人物だ。第2回はテリー・コリンズ。2007年にオリックスの監督を務めるなど、ある意味でアジアに馴染みがあった。そして第3回と今回は、ジョン・マクラーレン。彼の場合は特にアジアとの接点があるわけではないが、2大会連続で指揮采配を執ることになった。中国側の好感もあったようだ。

 中国代表にアメリカ人監督が就くのは、業務提携しているMLBが決め、派遣しているからというのが実情だ。両者の提携は中国のプロ化が始まった90年代から続く。今では中国内にもMLBのアカデミーが3カ所ほど出来、有能な選手はそこに招かれ技術と体力を向上させている。今大会では初めて、このアカデミー出身でオリオールズと契約し、マイナーでプレーする許桂源(シュウ・ギユァン)という内野手が代表入りした。徐々に提携の効果が現れている…そうした見方もあたらないではない。またマクレーン監督は精力的にリサーチし、MLB傘下でプレーする中国系選手をリストアップ。代表入りへ積極的に動いた。結果、6名の“非中国在住選手”がロースターに名を連ねた。前回大会までの中国に比べれば、大きく戦力アップしているという事前の評価もある。

 ただ代表監督に限っていえば、必ずしも中国に長期間滞在し、選抜チームを束ねているわけではない。ある特定の期間だけ一時的に中国を訪れ、練習や試合に携わるだけだ。以前の、ラフィーバーの頃は「年に2回程度、10日間ほどやってきて見ていただけ。だから選手の特徴や性格などまったくわからないままWBCも戦っていた」と、当時の関係者に聞いたことがある。今、それがどの程度変わっているかは不詳だが、短期的にやってくることには変わりないという。だから中国の選手にとって代表監督は、言葉の壁も含め、遠い存在に変わりない。

 それでもアメリカ人監督を招へいし続けるのは、なぜなのか。見合うだけの結果が出ているという判断なのか。

 中国野球は現在、1部リーグ6チーム、2部リーグ4チームの計10チームで構成されている。その中の江蘇省にある天馬(ペガサス)棒球隊に、呂文生という守備コーチがいる。12年から同チームのコーチを務め、15年の優勝にも貢献した。現在は顧問役も兼ねている。

 彼は中国人ではなく、台湾人だ。台湾プロ野球で選手はもちろん、コーチ、監督も務めた。そんな彼が中国代表監督の候補に挙がったことがある。3年ほど前のことだ。中国と台湾は政治的には微妙なバランス関係にあるが、実際には密な交流がある。スポーツの分野でも多くの人的な行き来がある。これまで多くの台湾野球関係者が中国に渡り、指導している(近年は韓国プロ野球も中国に“参入”し、コーチ、監督レベルでの人材を送り込んでいる)。だがそうした中でも、呂文生の評価は高い。人柄、経験、指導力。それは07年から11年まで台湾・統一ライオンズ監督として優勝4回という実績の中にすべてあるといっていい。

 だから、そんな呂文生が代表監督の候補に挙がることも、決して不思議なことではない。なにより江蘇のコーチとして1年の大半を中国で暮らし、選手の把握も出来ている。そして言葉も通じる。もし中国内に適材が見出しにくければ、呂文生などはまさに格好の監督候補だ。

 しかし実現はしなかった。呂文生から辞退したという。中国で台湾出身者が目立ってしまうことの弊害…。

 呂文生はいう。

 「球界内では、勝っても負けてもいいから“国内組”を使って欲しいという声もあります。でも私はそうは思わない。勝つことに徹するなら、それはそれでいいんじゃないか」

 決して皮肉でも、突き放すわけでもなく、彼はそういった。

 「だって、出るからにはやはり勝って欲しいですから。勝つことから得ることは大きい。今の中国の代表選手は、なかなか大きな大会で勝てていない。それでモチベーションを高めていくことは大変です。だからまず、なによりも目先の1勝にこだわって欲しい。そのためには監督がアメリカ人だろうが誰であろうが、私は構わないと思う」

 おそらく、そう言い切る彼だからこそ、代表監督の候補に挙げられるのだろう。

 3年後の東京五輪。その舞台で、彼の代表ユニホーム姿を見てみたいと思う。実現の可能性は低いと承知していても。(敬称略)

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