阪神・秀太内野手(32)が18日、兵庫県西宮市内の球団事務所で会見に臨み、「ユニホームを脱ぐ決意をしました」と現役引退を表明した。23日の甲子園でのウエスタン・ソフトバンク戦を引退試合とし、15年間袖を通したタテジマに別れを告げる。会見の最後には同級生の新井、金村暁が飛び入り参加。新井に「金本さんから」と手渡されたステキな“贈り物”がサプライズとなり、会見を盛り上げた。
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亡き父への思いを問われたとき、終始笑顔だった秀太の目が潤んだ。「墓参りにいって、『終わったよ』と報告したい」。日産自動車、熊本工で監督を務めた父久幸さんが06年9月に他界。野球人として「尊敬する」“恩師”に導かれ叩(たた)いたプロの門だ。23日に組まれた引退試合の後、真っ先に墓前へ出向き、15年間の報告を行う。
昨年の契約更改で「来年ダメならやめる」と背水の覚悟で臨んだ09年。若返りを図るチーム事情もあり、8月半ばに「1軍選手として戦力になりたいと思って頑張ってきたけど、限界を感じたし、厳しいかな」とユニホームを脱ぐ決意を固めた。家族以外で唯一相談を持ちかけた阪神OBの片岡篤史氏からは「お前が自分で決めてやめるならそれでいい。ただし、最後まで一生懸命やれよ。人は見ているから」と助言を受け、手を抜かず2軍練習に取り組んだ。
「よくやった」と振り返る15年間。内野は二塁、三塁、遊撃をこなし、外野も守る万能選手で、03年には“スーパーサブ”として、星野阪神のリーグ制覇に貢献した。最後のヒットは04年8月21日のヤクルト戦での自身3本目の本塁打。「イチローさんが9年連続200本安打のメジャー記録を作られたが、自分は15年間でちょうど200本。何とか201本目を打ちたかった」と悔しさをにじませた。
99年、レギュラーに抜てきしてくれた野村監督には「あの方に使っていただけなかったら、この15年はなかった。感謝の気持ちでいっぱい」と頭を下げた。今後については「何も決まっていないので、今からじっくり考えたい」と今年中には方向性を定めるつもりだ。
サプライズで会見場に登場した同世代の新井、金村暁から花束を受け取ると「恥ずかしいけど、来てくれてうれしい。4人同級生がいるので頑張って欲しい」とエールを送り、会見を締めくくった秀太。チームメートに愛され、ファンにも愛された15年間だった。






