【競馬】個性派ハクサンムーンを支えた裏方たち G1制覇の夢は2世へ

 また一頭、ファンに愛された個性派がターフを去った。全29戦7勝(うち重賞3勝)のハクサンムーン(牡7歳、栗東・西園正都厩舎)が、18日付で登録を抹消。G1は2着2回、3着1回とあと一歩で手が届かなかったが、13年セントウルSで当時の短距離界の絶対王者だったロードカナロアを撃破し、サマースプリントシリーズを制した。残してきた実績以上に、記憶に刻まれた快速馬だった。

 馬場入りでジョッキーを背にした際、クルクルと旋回する姿は大きな話題にもなった。いつからか、同馬の“ルーティン”となり、何周したか数えるのを楽しみにしていたファンも多かったと聞く。ただ、調教役の田中克典助手は「頼むから落ちないで」と常に祈るような思いだったという。必死で調整に携わり、ようやく迎える競馬の日。まずは無事にゲートインを、が陣営の本音だったはずだ。

 普段の調教も苦労が絶えなかった。同助手は「6回くらい落とされた」と苦笑いで振り返る。栗東坂路で硬直し、攻め馬を“拒否”することもあった。担当の櫻井吉章助手らと相談しながら、試行錯誤を繰り返した。角馬場で気持ちをリラックスさせ、他の馬がいない閉門間際の時間帯に坂路へ。この調整法を確立できたのは、3歳秋になってからだ。

 「形になるまで1年以上かかった。角馬場を挟んだのも苦肉の策。本当は馬場がきれいな時間に追い切りたかったけど、他の厩舎に迷惑がかかるから。速いところ(調教)をやるときは、常に前を見て穴が開いていないかを気にしながらだった」と田中助手。踏み荒らされたコンディションでの追い切りは、事故や故障のリスクが伴う。細心の注意を払いながらの調整には、常に神経を使ってきた。

 普段の同馬と向き合ったのは、櫻井助手だ。手探りで“答えのない正解”を模索する日々。馬房での旋回癖対策として、レース当日は朝から本番までつきっきりで手綱を持ち続け、余計な体力の消耗を防いだ。食事量を安定させるため、通常は前にあるカイバおけを後ろ側にも設置した。2カ所で交互に首を突っ込んで食事をする姿を見た時、担当者の工夫や熱意は馬にも届くのだと感心させられた。

 13年高松宮記念3着時、中京競馬場の検量室前で涙を流していた2人の姿は、今でも私の目に焼き付いている。10番人気で激走した愛馬の奮闘に熱い思いがこみ上げたのとともに、勝利に導けなかった自分たちへの悔しさが交錯した複雑な心境だったに違いない。

 「2着は2着だし、3着は3着。2着100回よりも、1着1回の方が良しとされる世界。僕らがまだまだだっただけ」。そう口にする田中助手の言葉が、心に強く響いた。同時に、ある種の決意表明のようにも感じたので続けて耳を傾けた。

 「5年、10年たった時に、“今ならG1を勝たせられた”、そう言えるようにしたい。それだけ、たくさんのことを学ばせてもらった。G1の舞台や、そこに向かう過程が経験できるのは、ひと握りなんだから」。念願の最高峰のタイトルをつかんだ時こそ、胸が晴れるのかもしれない。

 今後、“相棒”は種牡馬となる。担当の櫻井助手は「子どももやれたらいいですね。また、取材に来てもらえるような馬を育てないと」と語っていた。ハクサンムーンの遺伝子を受け継いだ2世で、G1制覇を実現する-。何年後になるかは、分からない。ただ、私はその瞬間が訪れることを願ってやまない。(デイリースポーツ・大西修平)

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