【競馬】「風の向こうへ駆け抜けろ」 

 中央競馬担当-学生時代の趣味がそのまま仕事になって、もう何年が経つだろうか。

 宮本輝の『優駿』に始まり、ディック・フランシス(元障害騎手)のシリーズや、石月正広の『競馬狂ブルース』シリーズ、西村京太郎の『日本ダービー殺人事件』から最近の作家が書いたものまで。この仕事に就く前から、競馬を題材にした小説は片っ端から手に取ってきた。

 なかでも、気がつけば数年単位で何度も読み返しているお気に入りは、前述した『優駿』と『極道記者』の2冊である。

 前者は映画化までされた有名作。1988年公開の映画版には、今ではJRA16年ぶりの女性騎手として大注目を集める藤田菜七子騎手の師匠として、テレビや新聞紙上に登場する根本康広調教師が出演。主役となった競走馬オラシオンの主戦を現役騎手時代に演じたことで話題になった。

 後者も奥田瑛二主演で映画やDVDでシリーズ化はされているが、それはいわゆるVシネマといったおもむきの作品で、原作の小説は一冊のみ。その後も『止まり木ブルース』のシリーズを執筆されている、元東京スポーツの大先輩記者・塩崎利雄さんの著書だ。リアルな記者席でのやりとりなど、記者として思わずニヤリとしてしまうような描写が気に入っているのも事実ではあるが、ギャンブル、ヤクザにオンナ…男が読めば必ずのめり込んでいく珠玉の作品である。

 そしてつい最近、ずいぶん前に編集部に仮とじ版として届いていた一冊の競馬小説を読み終えた。女性騎手を主人公にした『風の向こうへ駆け抜けろ』(小学館刊・古内一絵著)。発売が2014年1月とあるから、2年以上もほっぽらかしていたのだが、“菜七子フィーバー”が起こっている今だからと思い、手にした次第だ。

 地方競馬の弱小厩舎に配属された新人女性騎手・芦原瑞穂が、さまざまな困難にぶつかりながら、それぞれに心に傷を持つ調教師、厩舎スタッフとともに前へ進んでいくというストーリー。

 閉鎖的な厩舎社会において女性というだけで偏見を持たれる主人公、話題づくりのためのハート柄の勝負服に、セクハラ事件などなど…どこかで聞いたことがあるような話がちりばめられている。恐らく筆者はかなりの取材を経て執筆したのだろう。競馬のレースシーンなどの描写や競馬関係者のやりとりは、なかなかリアルでお見事だ。当事者の気持ちを無視して勝手にブームに仕立て上げるマスコミの描写は、ちょいと耳が痛かったが。

 で、読み終えてみると単なる競馬小説ではなく、結構な人生の応援歌っぽい作品であることに気付かされる。通勤途中の電車内で、思わずウルウルしてしまったではないか。

 さらに、競馬総合月刊誌『優駿』の3月号から、続編『蒼のファンファーレ』の連載が始まっていたことを知り、早速2カ月分を読んでしまった。

 筆者や出版社は藤田菜七子フィーバーを予見して2年前に出版、さらにデビュー直後の続編連載まで見越して動いていたのだろうか。もしそうだとしたら、記者は見事に戦略にはまってしまったということになる。(デイリースポーツ・和田 剛)

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