横山典がゴールドシップの春天で魅せる

 目の奥をのぞき込んでくるような、鋭い眼光は相変わらず。しかし、機嫌はすこぶるいいようだった。質問に対してテンポ良く答えてくれる。こんなに優しい人だったかな…。おや、会話が進むうちに、ワインを勧められてしまった。

 「おにーさん、きれいな爪しているね。俺の爪はほら、ストレスでボロボロ」なんて言いながら、紙コップに赤ワインを注いでくれたのは名手・横山典弘。自らは缶ビールをものすごい勢いで空けていきながら、ゴールドシップと挑む春の天皇賞への意気込みを語ってくれた。

 G1・5勝の戦績が示す通り、ゴールドシップの走破能力は言わずもがな。しかし、これまで人気を大きく裏切るポカを何度もやらかしており、その最たる例が過去2年で5、7着に終わっている春天だ。陣営にとっても“鬼門”の意識は強く、出否はギリギリまで保留されていた。

 ただ、騎手生活30年目を迎えたベテランは「最高(の出来)なんていらない。普通に走れる状態にあれば、それでいいんだよ」と大一番に泰然自若。気性の難しさから、これまであらゆる乗り役を困らせ、悩ませてきた癖馬だが、計4度目のタッグに「1回目よりも2回目、2回目よりも3回目…という感じで、こなれてくるのが分かる。こういうのは楽しいね」と心を躍らせる。扱いが難しい馬ほど、騎手としてやりがいを感じるという。

 「だってさ、俺じゃなきゃ乗れない。それをアピールできるんだから」

 ぜひ、“ノリ流”の返し馬に注目してもらいたい。ほとんどの馬に対して、馬場入場後はすぐにパーッと走らせたりはしない。いったん止める動作を行っているのだ。「返し馬って大変なんだよ。危険度が高い。落とされることもあるしね。でも、この馬に俺はこんなことができる、っていう腕の見せどころだと思うわけ」。職人的なこだわりをのぞかせた。

 19日の皐月賞。10番人気のクラリティスカイはまさかの逃げに出た。結果は5着だったが、果敢な戦法に納得したファンは多かったに違いない。「アレは最初から考えていた。中山で、この馬にチャンスがあるとしたらどう乗るのか。で、逃げるのがベストだと思ったんだ。その場のひらめきなんてないんだよ。俺はレースの前からずーっと考えている」。時に、ネット上で“やらず”だの“ポツン”だの、好き放題にたたかれていることを当人は知っている。だが、いちいち気には留めない。誰よりも馬のことを考え、ストレスで胃が痛むほど戦略を練って騎乗しているという自負が、周囲の雑音をかき消してきた。

 春天の1週前追い切りは、自由奔放に芦毛の5冠馬を遊ばせたように見えた。栗東CWでブラヴィッシモ(3歳オープン)を相手に、馬なりで抜いたり抜かせたり。舌もハミを越してベロンベロンだ。「どうせお前ら“追い切り失敗”って書くんだろ。…まあいいや。時計?動き?そんなのどーでもいい。俺と楽しく走れただけで十分なんだよ」。相棒と深く長く“会話”し、一体感を味わえたことに声を弾ませる。

 伝統の一戦へ、どんな戦略で臨むのだろう。私個人は2周目のバックストレッチに入る段階で、ゴールドシップはハナを切っているかも…と読んでいる。無論、頑固な逃げ馬がいるだけに簡単ではないが、いったんエンジンが掛かってしまえば、最後まで一定の高速巡航が可能な馬だ。普段より少々早めのスパートになっても、あっさりと押し切りVを完遂させてしまうのではないか。

 スタートからゴールまで3分10秒ちょっと。そこで鍵となるのは馬の集中力だが、相棒と“会話”をして、気持ちを途切れさせない算段はついている。

 数々の名馬にまたがり、積み上げたJRA・G1タイトルは23。俺だけがこの馬を操れるという、矜持をむき出しに乗ったとしても許される存在だ。だからこそ思い切った策を打てる。帰り際に名手は言った。「金なんていらない。勝ちたいだけ」。酒の勢いだけで口にした言葉ではないはずだ。熟練の手綱さばきと大胆な思考をもって仕掛けるマジック、とくと目に焼き付けよう。(デイリースポーツ・長崎弘典)

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