連覇に挑む前橋育英・荒井監督の喜び

 今年もいよいよ熱い夏が始まった。全国高校野球選手権大会の地方大会が、沖縄と南北海道を皮切りに開幕した。7月に入れば、49代表の座をかけた戦いは各地で本格化する。

 無敗のまま夏を終えられるのは1校だけ。昨年は、夏の甲子園初出場で頂点に上り詰めた前橋育英だった。今秋ドラフト候補右腕・高橋光成投手(3年)の快投もさることながら、座右の銘に『凡事徹底』を掲げる荒井直樹監督(49)の指導も、幾度となく取り上げられた。

 『凡事徹底』とは「誰にでもできる当たり前のことをサボらず、常に当たり前に続けること」という意味合いの四字熟語。グラウンドでは、全力疾走やカバーリングといった基本。生活面では、あいさつ、グラウンドや部室の整備・掃除など。甲子園期間中も、宿舎の周りで日課のゴミ拾いを続けたことなどが話題になった。

 あれからもうすぐ1年。連覇に挑む今年も、指揮官のスタイルは変わらない、というより、変えるはずもない。全国制覇は、もちろんうれしい。だが、その事実以上にうれしかったことがあるという。

「『当たり前のことを積み重ねるのが大事なんだよ』と、勝って言えるのがうれしい。人間的なベースを引き上げていくことがチーム力につながっていく、ということを、勝ったことで伝えやすくなった。そういうところって見えづらいんです」。

 野球に打ち込むことで人間が磨かれ、人間を磨くことで野球も上達する。高校野球の目指す姿を、全国制覇という形で証明した意味は大きい。『凡事徹底』は、指導者となって以来18年間、貫いてきた信念。「いくら言っても、負けると負け惜しみになる。『ゴミを拾っている時間があれば、バットを振れよ』ってなっちゃう。だから、勝って広まったことがうれしいんです。(夏は)17回、負け続けたわけですから」。屈託のない笑顔で話す姿は、まぶしく映った。

 荒井監督は、日大藤沢高校卒業後、いすゞ自動車でプレー。投手から野手に転向して、都市対抗野球に7年連続出場した苦労人だ。いすゞ自動車ではまず、履物をそろえる、トイレ掃除といった生活面をうるさく言われたという。そこがキチッとできるようになると、不思議と野球の成績も伴うようになった。そんな実体験が、指導者としての揺るぎない“幹”を形成しているのは間違いない。

 誰にでもできる『凡事』を怠った時には、容赦なくカミナリが落ちる。だが、技術的なミスでは決して選手を叱らない。「シンプルにしつこく」という指導方針にも、ピリピリした暗さははない。「グラウンド整備とか、部室とか、僕が全部チェックするんです。小舅(こじゅうと)か、っていうぐらい」と、ちゃめっ気たっぷりに話す。「愚痴は言わない。いない人の悪口は言わない」という監督自身の人柄が、明るいチームカラーに反映されている。

 さまざまな高校や大学で「野球より先に、まずは生活面」と話す指導者は多い。そして、好成績を挙げているチームは、ほぼ例外なく生活態度への意識も高い。突出した注目度を誇る甲子園で前橋育英が優勝し、そうした指導こそがチーム力を上げる近道だと認知されたことは、同様のアプローチを続けてきた他の監督にとっても大きなプラスになったはずだ。

 前橋育英には、高橋、主将の工藤、2番手投手の喜多川と、昨年の甲子園経験者が3人残る。昨年ほどの地力はないが、荒井監督は「毎回毎回、地道にやるしかない。もう1回行きたいし、連れて行ってやりたいですよね」と、2年連続の聖地を見据える。広まった『凡事徹底』の輪。今年はさらにそれが大きくなることを願いたい。(デイリースポーツ・藤田昌央)

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