【競馬】後藤騎手の死から1年で実感

 約1年前の2月27日に1人の騎手が、自らの手で命を絶った。後藤浩輝騎手。彼の死から1年が経過して、記者があらためて思ったことを書きつづりたい。

 存在の大きさを実感したのが正直なところだ。これはレースに関してではない。個人的な感想として捉えてもらいたいのだが、JRA通算成績1447勝のスター騎手がいなくなっても競馬は毎週のように行われ、G1レースは盛り上がり、何事もなかったように時は過ぎ去った。JRAには多くの所属騎手がおり、レースを運営するという意味での不自由はない。ただ、後藤騎手という存在はレースだけではなく、競馬を取り巻く環境の中で大きな影響力を与えていたことに気がついた。

 お立ち台での派手なパフォーマンスなどから、おちゃらけたイメージばかりが先行し、競馬に対して真摯(しんし)に取り組んでいないと勘違いされるタイプ。記者もファン時代や実際に取材をする以前はそのように思っていた。ところが何度も取材をし、じっくりと話を聞けば聞くほどイメージは変わった。誰よりも競馬を愛し、そして競馬ファンを大事にしていた。

 派手なパフォーマンスや奇をてらった発言ばかりが目立ってしまうが、ファンが参加するイベントには積極的に参加し、ボランティア活動も先頭に立って行った。全てが競馬全体を盛り上げるための行動。自らが前へ出て露出することによって、より多くの人に競馬というものを知ってもらおうとしていた。ファンへの愛情は人一倍に強く、競馬界にとっては掛け替えのない騎手だった。

 14年10月8日、美浦トレセンの乗馬苑。後藤騎手は同年4月に落馬負傷してから休養しており、この日は復帰に向けての第一歩として乗馬用の馬に騎乗していた。

 その時の言葉が忘れられない。「家族に心配をかけて、自分も痛みに耐えながらジョッキーをやる価値はあるのか。休養中は自問自答する毎日だった。これまで引退の二文字は心の中によぎったことはあっても、口に出して言ったのは今回が初めて」と当時の素直な心境を語り、それでも復帰を目指したことについては、「ファンの応援があったからこそ。落馬して馬場で動けなくなった僕をここまで戻してくれたのはお客さん。当然、自分自身も騎手人生で最後があのレース(落馬したレース)では納得がいかないところはある。ただ、それだけでは動けなかった」と語っている。

 自分を待ってくれるファンがいる限りは全力で戦い続ける。そんな強い意思表示が伝わるコメントであり、後藤騎手の目線の先には常にファンがいることを再認識した。

 この1年。競馬は何事もなかったように行われた。ただ、レースでの騎手の代わりはいても後藤騎手の代わりはいない。これが記者が素直に実感したことだ。

(デイリースポーツ・小林正明)

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