大井の“サブちゃん”が引退

 騎手時代はハイセイコー(※1)の主戦としても知られる、大井競馬の高橋三郎調教師(70)が31日付で勇退することになった。

 先週のとある朝に厩舎を訪ねると、いつものように穏やかな笑顔で迎えてくれた。大井競馬場の定年は72歳。まだ1年2カ月余を残しているが、「体が動くうちに辞めようと思ったんだ。今が一番いい時。ひとつの区切りだよ」と、岩手なまりの静かな口調で心境を語ってくれた。

 岩手県西根村(現在の八幡平市)出身で、中学卒業後に集団就職で上京。16歳の時に大井競馬の名門・小暮嘉久調教師に弟子入り。1963年に騎手としてデビューすると、すぐに頭角を現し、一気にトップジョッキーへと駆け上がった。前記のハイセイコーをはじめ、ウエルスワン、カツアール、トラストホーク、サンオーイ、チャンピオンスター、ハナセール…数多くの名馬の手綱を取り、国内最多勝記録(地方競馬通算7151勝、他に中央2勝)を持つ佐々木竹見・元騎手(川崎競馬)に次ぐ、当時の歴代2位となる通算3975勝(地方のみ。重賞127勝。18日現在同9位)を挙げた。

 “サブちゃん”の愛称で親しまれ、鮮やかな「緑、胴白山形一本輪」の勝負服(※2)で豪快に追ってくる姿は迫力満点だった。98年に調教師に転身し、07年JBCスプリントを制したフジノウェーブをはじめ、15頭の重賞ウイナーを育てた。

 以前、取材の中で衝撃的な事実を教えてもらった。ハイセイコーがデビュー前に死にかけていたというのだ。能力試験(※3)前のある日突然、馬房にいたハイセイコーが口から泡を吹いた。寝かせたら危ないということで、その場にいた5、6人でその大きな体を壁に押し付け、丸まった寝わらの束を何本も脚元に敷き、それはもう必死だったという。処置を誤っていたら、国民的アイドルホースの誕生はなかった。

 ハイセイコーは青雲賞(現・ハイセイコー記念)で無傷の6連勝を飾り、中央へ移籍(※4)した。コンビで中央のビッグレース挑戦はかなわなかったが、その子キングハイセイコー、アウトランセイコーで東京ダービーを制覇。「うれしかったねえ。ダービーなんて勝ちたくても勝てないのに。それもハイセイコーの子で2勝(通算4勝)もできたんだからな」と、うれしそう。さらに現役最後の重賞Vとなったテツノセンゴクオー(97年金盃)は、父がカツラノハイセイコ(79年ダービー馬)で、ハイセイコーの孫にあたる。強い絆で結ばれていたことがうかがえる。

 エピソードがもう一つある。それまで何度も大けがに見舞われたが、最大のピンチだったのが85年の11月、調教中の事故で右足の膝下切断の危機に襲われた。切断こそ免れたが、その後1年余にも及ぶリハビリ生活を強いられた。「足が駄目でも手だけで馬に乗って見せる」。復帰へ向けての執念を燃やしていたのは有名な話だ。膝から下は細くなり、小指と薬指が壊死して今でも歩くのが不自由だという。

 アウトランセイコーで臨んだ90年の東京ダービー。当時は2400メートル(現在は2000メートル)で行われていた。「右足をかばうから、知らないうちに左に力が入っていたんだね。あと100メートルのところで馬の頭が上がったんだ。無理な状態で走らせていたから苦しくなったんだろう。かわいそうなことをした。だけど、そこからもうひと踏ん張りしてくれたんだ。馬に勝たせてもらったよ」と苦笑い。3着以下に7馬身差をつけたキングフォンテンとの一騎打ちを、最後に外から頭差差し返し、キングハイセイコー(84年)に続く羽田盃との南関東クラシック2冠を達成した。

 「ハイセイコーの命を救ったから、きっとハイセイコーが勝たせてくれたんですね」と言うと、「そうかもしれないな。ハイセイコーは俺にとって一番の馬だよ」とほほ笑んでくれた。18日現在、調教師として通算497勝を挙げる。次週の浦和開催に出走予定がなく、開催中(~22日)の地元・大井開催がラストになる。「馬にも人にも恵まれた幸せな競馬人生だった。(勇退後は)ゆっくり温泉でも行きたいね」。波乱に満ちた54年余のホースマン人生は間もなくゴールを迎える。お疲れさまでした。

(デイリースポーツ・村上英明)

 ※1 第一次競馬ブームを巻き起こし、競馬をギャンブルから娯楽へと押し上げた国民的アイドルホース。大井競馬デビューから無傷の10連勝で挑んだダービーで3着に敗れると、NHKの夕方のニュースがトップで報じた。

 ※2 レースで着用するユニホーム。中央競馬は各馬主によってデザインが決められているが、地方競馬は騎手個人で決めることができる。

 ※3 地方競馬でデビュー前の2歳馬に実施する。指定距離を指定時間内に走ることができるか。合格しないと競走馬にはなれない。

 ※4 当時は中央競馬のレースに出走するには、地方競馬から移籍しなければならなかった。交流元年と呼ばれる95年に緩和され、一定の条件をクリアすれば、現在のように地方在籍のままで中央のG1レースを目指すことができるようになった。

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