有馬記念

最後も飛んだ!7冠達成
ディープ 有終ラストラン

2006/12/24・中山競馬場

▼ 第51回有馬記念
1着 
ディープインパクト
武豊
2.31.9
2着
ポップロック
ペリエ
3着
ダイワメジャー
安藤
3/4
   
 さよならディープ、感動をありがとう!!平成のヒーロー、ディープインパクト(牡4歳、栗東・池江郎)が、武豊を背にラストランでも完ぺきに飛んだ。衝撃の末脚で3馬身差の完勝。11万7000人の大観衆の前で、史上最多タイのG1レース7勝を達成した。社会現象にもなった名馬は、ファンの心に鮮やかな蹄跡を刻んでターフに別れを告げた。
飛ぶような勢いで4コーナーをまわるディープインパクト=中山競馬場

 【ユタカも感動…「幸せな2年間」】

 最強馬伝説の最終章も衝撃で締めくくった。

 「今までにないぐらい強烈な“飛び”でした」。クリスマス・イブ。ディープからの贈り物は、武豊が宣言した通りの生涯最高のレースだった。

金子オーナーと7冠ポーズを作る武豊=中山競馬場

 いつも通りの幕開け。前半は後方に位置した。悠然と3コーナーからスパートする。地響きのようなスタンドの大声援。

 直線では、風となった。並びかける間もなく一瞬で抜け出すと、引退の花道を人馬一体で駆け抜けた。最後は手綱を緩めながらも、上がり3F33秒8。異次元の末脚で、2着ポップロックに3馬身差をつけた。

 「驚いた。ものすごく強かった。こんな感覚を味わったことがない」。その背をよく知るユタカでさえも、あきれるほどの強さだった。負けは許されない引退レース。例えようのない重圧の中で、最高の結果を出す。改めてディープは人智を超えた存在であることを思い知らされる。

 16年ぶりの有馬Vとなったこの日、5年連続16回目のリーディングジョッキーも決めた。騎手としての名誉を独り占めするユタカでも、この2年間はディープ中心だった。

 「幸せな2年間。ずっと頭の中はディープだった。こういう馬は初めて。恋人でもないし、家族でもない。特別なパートナーですかね。このような名馬の主戦を務められて幸せ。ディープは常にベストを尽くした。勝たないといけない責任をずっと背負っていた馬だから。今でも世界一強い馬と思っている」。そう振り返ると、もう味わうことのできないパートナーの背中に寂しそうな視線を送った。

 51億円のシンジケートが組まれての種牡馬入り。25日朝、中山競馬場から北海道に旅立つ。まだ4歳だけに、早すぎる引退を惜しむ声は多い。しかし、ユタカは未練を胸に秘めた。「早くディープの子供に乗りたいですね。夢です。こうやって惜しまれながら無事に引退できることもすばらしいことですよ。ただ、凱旋門賞のみ復活させたいぐらい」。薬物使用による凱旋門賞失格(3位入線)。ディープ2世に夢は受け継がれる。

 「この有馬記念はディープのベストレース。自分にとってはベストレースでもあり、ベストホース」とユタカは胸を張った。競馬の枠を超え、社会現象にもなったディープは、みんなの宝物だった。強く美しい無言のヒーロー。無言だからこそ、人の心の奥の奥に訴えてくるものがあったのだ。

 名残惜しいが、別れの時は来た。14戦12勝、合計走破タイム2043秒、合計走破距離3万3600メートル。記録と記憶に残る飛翔(ひしょう)のドラマは、不朽の傑作として完結した。

 【絶叫!!感動!!列島が沸いた!!】

 有馬記念はまさにディープ祭り。規格外の人気が中山競馬場を席巻した。徹夜組は24日午前4時の時点で計1965人を数え、昨年比132・8%。日の出とともに行列はさらに伸び続け、開門時点では中央門6860人、正門1200人、南門1300人、法典門500人に。計9860人は昨年比150・9%と大幅に上回った。

感謝の横断幕を掲げるディープファン=中山競馬場

 最寄り駅の船橋法典駅では精算機に並ぶ列が階段を越えてホームにまであふれ出る。JR駅員は通常より30〜40人増員したものの、さばき切れず混乱状態に陥るシーンも。広島から新幹線切符を手に精算待ちの33歳会社員は「毎年こんなに込むんですか」と、あ然としていた。

 JRA関連グッズを扱うターフィーショップは朝一から入店制限を設けるフィーバーぶり。限定品の有馬馬番入りTシャツ1000枚はわずか30分で完売、G1主要レースで発売している抽選券付きメモマウスパッドは、店員によると「1時間で飛ぶように売れた。これだけ早く売れたのは初めてではないか」。レーシングプログラムを奪い合う、恒例の行事にJRA職員の「1人1部までです!」という怒号が飛んだ。

 パドックでは主役を待つファンが押し寄せ、木によじ登って見る人まで出現。そして運命のファンファーレ。手拍子とともに地鳴りのような歓声が鳴り響く。菊花賞ではわかせたアドマイヤメインの大逃げも、この日ばかりはファンもどこ吹く風。ディープが仕掛けた3角からの大絶叫はゴールまでやむことがなかった。ゴール板を駆け抜けた後、スタンドから送られた感謝の“ディープコール”は、人馬が引き揚げてくると“ユタカコールへ”。愛馬を迎えにいく池江郎師、池江助手にも「おめでとう!」の声が飛んだ。誰もが喜んだ。「勝ってよかった…」20歳の女学生は思わず涙した。

 引退式。過去の全レースがプレーバックされると、レース後とは一転、感傷に浸るファンは沈み返る。薄暗い空の下、ディープ登場とともに一斉にたかれたフラッシュは最高のイルミネーションとなった。最後の勇姿を見せること10分。ゆっくり周回する最後のサービスに「ありがとう!」「日本一!」。熟年カップルは「いなくなるのは寂しいね」と引退式後も余韻に浸った。ディープを追い続けた1日。それぞれが胸に思いを秘めて最強馬に別れを告げた。

 【単勝支持率 驚異の70.1%】

 国内全13戦すべて1番人気。ディープインパクトの単勝総売り上げは68億4277万8900円を記録した。ディープ絡みの馬券の総売り上げは2257億1640万9200円。ラストランの単勝支持率70.1%は1957年のハクチカラの76.1%に次ぐ有馬記念史上2番目の数字で、馬券全体の占有率は86.6%(381億982万6300円)に達した。

 ディープの人気の高さは、的中馬券の未払い率でも証明されている。05年の中央競馬で単勝的中券の未払い率は0.3%。だがディープのファンは記念品として手元においておくため、的中した単勝馬券を換金しないケースが極めて高く、クラシック3冠がかかった05年菊花賞以降3%を切ったことがない。

 宝塚記念の段階でディープの単勝払戻未済金は1億3856万8580円。10月7日に「がんばれ!」の文字が印字される応援馬券が発売されたことにより、さらに未払い率がアップするのは確実。07年1月25日までが払戻期限のジャパンC、今回の有馬記念の未払い率が仮に5%だとすると、未済金は2億円を突破する。

抜け出しにかかるディープインパクト(中央、赤帽子)=中山競馬場

 【金子真人オーナー 一番寂しいのは私】

 オーナーの金子真人氏もまた感慨深げ。「3冠を獲ったあたりから““来年1年、無事に走ったら引退させないと≠ニ思っていた」と、すでに昨年から引退時期を模索していたことを明かした。愛馬は無事だけでなく、最後まで圧倒的な走りで現役生活を全うした。「引退して一番寂しいのは私。““ありがとう≠フ言葉以外にない。これからは、いい子どもを送り出してほしい。それに尽きる」。オーナーも感謝の思いでいっぱいだった。

 【吉田勝己氏 ノーザンダンサーになる】

 生産牧場であるノーザンファームの吉田勝己代表は「ノーザンダンサー(世界的な名種牡馬)になるよ」と種牡馬としての成功に太鼓判を押した。小柄なディープの資質を疑問視する声もあるが「小さいからこそ走るんだよ。」と反論する。「強い馬はどこへ行っても走る。凱旋門も勝つよ」と産駒でのリベンジを宣言していた。

 【2着ポップロック 次代は任せろ

3馬身差ながらも2着のポップロック=中山競馬場

 次代を引っ張るのは、この馬だ。有馬男ペリエに導かれたポップロックが、粘るダイワメジャーをとらえ2着。この1年で急成長を遂げた素質馬が、充実ぶりを大舞台でも見せつけた。

 決してスムーズな競馬ではなかった。道中は内のデルタブルース、外のメイショウサムソンとともに、3番手集団を形成。「もう少し前に行くつもりだった。でも1頭大逃げしていたし、ペースも考えてあの位置に」。ペリエはレースの前半戦を振り返る。

 誤算が生じたのは3角だった。「動いていこうとしたが、他馬が動かなかったので待った」。その“待ち”によって、4角で身動きの取れないポジションに入ってしまう。直線半ばまで前は壁。残り1Fでようやく外に出してから、天皇賞馬をとらえたのは馬の地力以外の何物でもない。「4角でゴチャついたが、最後に前があいた。いい脚を持っている。ディープがいなければ、この馬が日本一なんだから」。ペリエもラストの猛スパートを絶賛した。

 今年の4月は、まだ500万の身。そこから4連勝で目黒記念・G2を制覇。メルボルンC・豪G1では僚馬デルタブルースに続いた。06年は8戦4勝、2着2回、3着1回。崩れたのは豪州初戦のコーフィールドCだけだ。「力をつけていますね。このメンバーでの2着は価値がある。飛躍ができたと思っています」。淡々と話した角居師は「(ディープがいなくなっても)また強い馬が出てくるでしょうから」と表情を引き締めた。今後は宮城県の山元トレセンに放牧へ。来春の目標は天皇賞・春(4月29日・京都)。未来は無限に広がっている。

 【3着ダイワメジャー 大健闘】

 大健闘の3着だ。G1レース3連覇を逃したダイワメジャーだが、来年につながる大きな銅メダルを獲得した。

 道中は大逃げを打った、アドマイヤメインを離れた2番手で追走する。安藤は「千六を使ったあとでスタートが良かったから行った」と振り返る。しかし、自分のスタイルを崩したわけではない。先頭のメインからどんなに離されても、自分のペースを守り通した。

 4コーナーの入り口で先頭に立つ。大外から飛んできたディープインパクト、虎視たんたんと先頭をうかがっていたポップロックには差された。それでも、粘りに粘って3着を確保。主戦は「少し距離が長かったかな」としながらも、「ムキにはなっていなかったし、リズム良く走れた」と相棒を称えた。上原師も「差されると思ったのに、あそこからの勝負根性は凄かったね」と、改めてメジャーの強さを再確認した。

 この秋は毎日王冠から始まり、天皇賞・秋、マイルCSと中2週続きのローテーションで、決して楽ではなかった。「重賞3連勝のあとで、これだけがんばれたのは価値がある。もし、ここを目標にしていたら、もう少しやれたはず」。トレーナーは、暮れの大一番で見せた走りを評価する。

 未知だった二千五百メートルを克服したことは、来年へ向けて大きな弾みになる。「きょうの内容で選択肢が広がった」。日本だけではない。ドバイを含む海外も、トレーナーの視野には入っている。またひとつ殻を破ったメジャー。来年はさらなる飛躍の年になる。

 【4着ドリーム 3歳最先着】

 直線の急坂を上がってから、猛然と馬込みに突っ込んだドリームパスポートだったが、ダイワメジャーをかわせずに、わずか鼻差の4着。デビュー以来初めて馬券圏内から外れた。

 「ボクがもっとうまく乗ってたら3着、いや2着はあったかも」。内田博は自らの腕の甘さを責めた。道中は中団で流れに乗っていたが、ペースの上がった4角手前で外にいたウインジェネラーレと接触。直線でも前にいたポップロックの外へ出すタイミングが合わず、進路を内へ切り替えるロスが痛かった。「お腹はボテッとしてたけど、乗っていて(12キロ増は)太い感じはなかった。ごちゃついた分、届かなかった」。40年ぶりに年間最多勝記録(505勝)を更新した公営No.1も唇をかみしめた。

 それでもその健闘ぶりは大いに称えられるものだ。ジャパンC2着の内容から堂々2番人気の評価も受けた。4頭出走していた同期3歳馬の中では2冠馬を抑えて最先着。来年の飛躍へつなげる好内容といえる。「3歳でこれだけ走るんだから、来年が楽しみ。ホント、いい馬です」。内田博も能力の高さに感嘆した。

 きゅう舎への帰路に就く松田博師は「使いすぎたかなあ。だけど、あれほど増えているとは思わなかったよ。初めてこけちゃった(3着以内を外しちゃった)なあ」と苦笑いを浮かべた。しかし、気持ちを切り替えるように「これでドンドン良くなってくれるだろう。来年が楽しみになった」。古馬の頂点を目指す戦いに意欲を見せていた。

 【5着サムソン 瀬戸口師の“ラスト”飾れず】

 オグリキャップのような奇跡が起こることはなかった。しかし、瀬戸口師の表情は晴れやかだった。「自分の競馬が出来た結果やから。何も言うことはないですよ。スッキリした気持ちです」。メイショウサムソンは5着。来年2月に定年を迎える名伯楽の最後のグランプリ、最後のG1挑戦は終わった。

 「今度はサムソンの競馬をする」という、戦前からの公言通り、石橋守は3番手集団から4角先頭の積極策に出た。結果は5着でも「消極的に乗ってしまった」ジャパンCとは違い、自身初騎乗となった有馬記念では納得のいくレースをした。

 「前々でこの馬らしい競馬ができたからね」。その表情が変わったのはドリームパスポートの馬名を自ら出した時だった。「あの馬は成長しているな」。この秋3戦すべてのレースで先着を許している同期生にかわされたことは悔しかった。

 この日の馬体重も4キロ増。ほぼ連日、DWコースを2周するなどハードトレを課しての体重増だけに「やることはやっていたし、見た目にはちょうどいい体に見えた。減らなかったけど、締まってはいた」と瀬戸口師は納得の仕上げを強調した。「定年後は自分の手から離れるけど、もっともっと大きくなって力をつけていってほしい」。ダービー2勝を含む、G1レース15勝を挙げる名トレーナーは目尻を下げた。

 戦いは続く。後半戦は春の輝きを放つことはできなかった。2冠馬にとって07年は、挑戦者の立場から再び頂点を目指す年となる。

 【JCの反動?11着バルク 予想外の完敗

戦い終わってディープインパクト(右)と仲良く運動をするコスモバルク=中山競馬場

 見せ場すらつくれず、コスモバルクは11着に沈んだ。3年連続で挑んだ有馬記念は、課題だった馬体増もプラス2キロで許容範囲。気合も上々で臨戦態勢は万全に思えた。ところが、想像以上にはじけなかった。

 「(10キロ増で)ジャパンCを好走した反動が出たのかなあ。スーッと行ったところで終わってしまった」。五十嵐冬はサバサバとした表情で振り返った。逃げた前走からは一転、今回は中団に位置。だが、外から凄い勢いでディープが通り抜けていったとき、バルクは反応できなかった。田部師も肩を落とす。「リラックスして走ってたけど。また来年、頑張ります」と言うのがやっとだった。

 来春には、ドバイシーマクラシック・G1(3月31日・UAEナドアルシバ競馬場・芝二千四百メートル)への遠征プランもある。さらに来年からは地方馬の一部G1への出走権が緩和され、バルクはこれに該当する。それは自身が切り開いた道。このままでは引き下がれない。

多くのファンにお別れを告げるディープインパクト=中山競馬場

 

 
ディープインパクト…牡4歳。父サンデーサイレンス、母ウインドインハーヘア(母の父アルザオ)。馬主・(株)金子真人ホールディングス。生産者・早来 ノーザンファーム。戦績・14戦12勝(海外1戦0勝)。重賞・05年弥生賞、皐月賞、ダービー、神戸新聞杯、菊花賞、06年阪神大賞典、天皇賞(春)、宝塚記念、ジャパンCに続く10勝目。総収得賞金・1、454、551、000円。池江泰郎調教師は87年メジロデュレン、武豊騎手は90年オグリキャップに続く2勝目。

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