キングカメハメハ死す 松田国調教師「夢の塊だった」

2004年5月30日、ハーツクライ(奥)とのたたき合いを制して日本ダービーを制したキングカメハメハ(手前)
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 ディープインパクトの死に続き、競馬界にまたも悲しい出来事が起こった。キングカメハメハが9日、繋養先の北海道安平町の社台スタリオンステーションで死んだ。18歳だった。2003年に京都でデビュー、翌2004年にはNHKマイルC、ダービーで勝利し、変則2冠を達成。秋に復帰初戦の神戸新聞杯を快勝後、屈腱炎を発症したため引退した。

 その後は種牡馬となり、産駒に国内外G1を6勝したロードカナロア、ダートでG1を10勝のホッコータルマエ、牝馬3冠馬アパパネをはじめ、ドゥラメンテ、レイデオロのダービー馬など数多くの名馬を輩出した。体調不良のため、今年は種付けを中止。種牡馬を引退した。

 現役時代に管理した松田国英調教師は、連絡を受けると駆け付け、馬房に手を合わせた。「調子が良くないとはうかがっていましたし、種牡馬を引退してからも、大事にされていたようです」と静かに話した。

 NHKマイルC、ダービーと変則2冠を達成。当時は画期的なローテーションと言われた。「調教師になった時から、種牡馬になるような馬を手掛けたいと思っていました。種牡馬になるにはマイルでの能力にたけていないといけないし、また、それだけでなくダービーを勝たなければと」。自分の願いをかなえてくれた名馬だった。「サンデーサイレンスのようなやんちゃなところもなく、体形も小さすぎず、大きすぎず、理想的な形でした。調教もしにくくはなかったですし、仕上げに苦労することはなかった」と当時を振り返った。

 「種牡馬としても短い距離から、芝、ダートと活躍馬を出してくれましたし、自分にとっても、社台スタリオンステーションにとっても、夢の塊だったと思います。すごい馬でした」と感謝を口にした。

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